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Statement

時代を遡ると、人が自らの想像力を頼りに
無から何かを創り出す行為は社会と切実に関わるものでした。

アートとは絵画や彫刻といった芸術作品そのものを指すのではなく、
それら芸術品が各時代においてどのような役割を担うか、という概念です。
歴史に残る作品は芸術家本人の思考を超えて、時代を反映するものです。

MeltingPotはアーティストと伴走し、現代における様々な課題をアートを通して解決していきます。

column

  • 平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。 さて、誠に勝手ながら下記の通り休業させていただきます。 ご迷惑をお掛けいたしました、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。   【年末年始休業期間について】 2020年12月28日(月)~ 2021年1月3日(日) 営業開始は1月4日(月)からとなります。

  •     アジアで活動する現代美術家、 山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。     第6回「陸と島のハレとケ」   このコラムも今回の第6回で、とうとう最終稿を迎える。昨年11月から12月にかけて、上海ー杭州ー沖縄と移動が続いたので、その間の出来事や感情を赤裸々に綴らせていただき、コラムを締めくくろうと思う。   上海龍美術館西岸館   11月に上海のグループ展に参加した。上海龍美術館西岸館にあるHWA’S GALLERYで、ミヅマアートギャラリーの三潴さんがキュレーションした日本人作家6名による展覧会だ。   展覧会「優しい眼差し」会場入口   中国滞在中にはいくつかのグループ展に出展させていただいてきたが、コマーシャルギャラリーでの出展は初めてだったことに加え、最年少だったこともあり、慣れない環境に緊張しっぱなしだった。同時期に上海アートフェアがあり、アートを購入する気に溢れた上海の富裕層アートファンの方々がオープニングに集まった。平凡な家庭に生まれ育った私は、もしもアートの道を選んでいなければ、この方々と出会うこともなければ、異国で同じテーブルを囲い交流をするような接点はまずなかっただろう。私にとっては非日常な日々を連日盛大にもてなしていただき、その寛容さに驚いた。   会場風景   上海の展覧会を通して、改めて中国のスケールは桁が違うと実感した。私の身近なところで言えば、自身が所属していた杭州の中国美術学院。ここの中国人学生達は受験戦争を勝ち抜いてきたエリート達だ。北京の中央美術学院と並ぶ中国トップの美術大学で、日本でいう東京藝術大学美術学部のような立ち位置だとよく耳にするが、受験の規模は大きく異なる。2019年の中国美術学院の受験者は7万9千人、全学科の平均倍率は45倍。最も人気の学科(Department of Environmental Art Design)の倍率は120倍。東京藝大美術学部の2019年受験者は2771人、平均倍率は12倍。受験競争からこの数の違いがあるのだから、アートの現場も例外ではない。そこに加速するIT社会が後押しして中国のアート業界が独自の盛り上がりをみせている。   中国美術学院キャンパス内。   ハイスピードで刺激的な生活の中で、私自身は痛い目にもあった。詳しくは書けないが、とある展示に出展した自分の作品が展示会期後、紙袋に入れて適当に折りたたまれた状態で返却されてきたのである。広げてみると、作品は変色し、埃かぶっていて、蜘蛛の巣もついていた。とてもではないが見せられる状態ではない。それがずっと展示(という名の放置)されていたことに私は落ち込んだ。 ハレの日のオープニングパーティーはとても華やかだった。しかし翌日のケの日からは、きっとメンテナンスも何もなかったのだろうということが、繊細な絹の変わり果てた表情から想像ができた。運営者達は次の新たな展示の準備に追われている。これで終わっては悲しいので、この作品は染め直し別の用途で再生させてあげたい。中国に限らず、次から次へと新しいものを追って発展している時には、光当たらぬ場所で雑に扱われる破片的なものが存在している。私の作品が役目を果たした破片として扱われたことをきっかけに、改めて自分は何のために作品を作り展示をするのかを考えるようになった。作品に蜘蛛の巣を被せない未来をどう作れるだろうか。   12月を迎え、沖縄でレジデンスの機会をいただいた。作品をお披露目し撤去する、という活動自体に自分なりの意味が見出せずにいたので、成果展というハレ舞台は設定せず、オープンスタジオという名目で、ケの日を共有する場をつくることにした。対話を中心に据えた現場で、フィールドワークやドローイングを日課として軌跡をのこしていく。   ケの日を共有するオープンスタジオ「水のような 島のような」   レジデンス場所は那覇にあるBARRACK大道(通称バラック)というオルタナティブスペースだ。私が到着した時にはアートブックフェアが開催されていた。初めて来たのにどこか懐かしいような感覚。 今年のBABF主宰又吉さんのアトリエ。バラック内にて。   BABF会場   宿泊先のナハウス。BABF期間は人が多すぎて雑魚寝。   レジデンス中には沖縄染織のフィールドワークも行った。ここでも、ハレ舞台を鑑賞しにいくのではなく、淡々と作業をしているケの日の工房を覗かせていただくことにした。紅型工房、芭蕉布と芭蕉紙工房、琉球藍の農場や染織工房、サトウキビ染め組合の工房などを訪れた。これらについてはまた別の形で改めてまとめたい。   滞在中に制作した絵日記。 沖縄本島染織工房マップ(制作進行中)   沖縄は明るく優しい印象だ。しかし見えない結界を感じる瞬間が何度とある。リサーチしていく中で、一見さんお断りの個人工房の多さに驚いた。原料の産地を伺うと弟子も知らない極秘の材料だったこともある。人と人の間に、入ってはいけない見えない線引きがあるようだ。考えてみると沖縄には、物理的には入れても精神的に遠慮すべき場が多く存在する。消失した首里城の御庭(うなー)もそうであるし、点在するグスク、御嶽などの聖域、ガマ(壕)など。そのためか、見えないものが日常にあることの当たり前さが島に充満している。南風と共に輝く大地をふみしめながら、その地下にはいくつもの防空壕跡の空洞があることを思うと、見えない者の声が足元から身体に伝ってくる気がしてならない。 琉球王朝時代時代から16代目の現在まで続く城間紅型工房入口。300年の歴史を持つ。   沖縄本島から足を伸ばしいくつかの離島にも訪れた。小さな離島は橋があれば陸路で、なければ航路でわたる。橋がかかればアクセスはしやすいが、それゆえリゾート地として開発が進み、島独自の文化が失われつつある現状も見た。リゾート計画を断固拒否した島に航路で訪れた際には、その土着性に魅了された。   航路で訪れた聖地 久高島   現代社会はより便利により速く繋がることを良しとしている。しかし、橋のない孤島の魅力を体感した後には、アクセスの悪さと風土の魅力度が比例している気さえした。安易に外部と繋がることで失われる土着性の中にこそ、守るべき価値が潜んでいるのではないか。橋を架けない孤島もまた、ケの日を失わぬための「結界」をはっているように感じた。島に橋は必要か。二元論では語れないけれど、注意深く考え続けることは現代の課題だと思う。 フボー御嶽入り口   思い返せば、中国大陸のインターネット鎖国もある種の結界だった。やり方には賛否両論あるが、閉鎖することによって成熟されるものあり、独自の成長を続ける中国に目を見張るものがあるのは確かである。中国、沖縄と移動する中で出会ったさまざまな結界は、「繋がることを疑ってみること」を教えてくれた。   2020年、東京オリンピックというハレの年を迎え、日本は外と繋がっていく年になるだろう。私自身はこれまでの旅を反芻し、ケの日をどう暮らし、どう孤島の結界と付き合っていくか、ということを手を動かし考える日々になりそうだ。         ーあとがきー 皆さま、新年明けましておめでとうございます。2020年が私たちにとって、良い日々になりますように。静かに気ままに綴らせていただいたコラムは一度ここで幕を閉じます。お付き合いいただきましてありがとうございました。これからも思考を続け、芸術と共に、世界をより深く見つめていきたいです。 山本愛子     筆者プロフィール 山本愛子 Aiko YAMAMOTO 作家 ウェブサイト http://aikoyamamoto.net 1991年 神奈川県生 2017年 東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了 2018年-2019年 ポーラ美術財団在外研修員として杭州に滞在  

  • 平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。 さて、誠に勝手ながら下記の通り休業させていただきます。 ご迷惑をお掛けいたしました、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。   【年末年始休業期間について】 2019年12月28日(土)~ 2020年1月5日(日) 営業開始は1月6日(月)からとなります。

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