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6月 2018

諏訪 葵、村上直帆 『near Phenomena』 企画:小林太陽   5月6日、西荻窪の中央本線画廊で行われていた展示『near Phenomena』にお伺いしてきました。清水の油画専攻の同期であった諏訪葵さんが出展されていた関係で、今回こちらの展示を知ることができました。出展作家は諏訪葵さん・村上直帆さんの2人で、諏訪さんいわく企画の小林太陽さんにお誘いいただいて今回の2人展示の形になったのだそう。 こちらが会場の中央本線画廊。外観からしてとても面白い。予想外の雰囲気にワクワクしながら、向かって右手のガラス張りの扉を開けます。 中はとてもこじんまりとした空間のため展示全体を写真に収めることが難しかったのですが、入り口側の明るめのエリアと奥側の暗い映像エリアとに分かれている形でした。 入ってすぐの場所に、まず諏訪さんのインスタレーションが設置されていました。 黒、透明、濃オレンジの液体…といった視覚的要素が繋げられて組み立てられています。 私は在学中に諏訪さんの作品展示を何度か見てきているのですが、今回のキャンバスへのモノトーンのドローイングは初めて見るスタイルのものでした。 奥の暗めのスペースには映像ディスプレイが2つと、左の映像の出力元になっている液晶の壊れたノートパソコンが一緒に設置されていました。この壊れた画面がとてもかっこいい。私には都市の夜景を上空から見下ろしたもののように見えました。 諏訪さんの制作では水や液体がキーになっていることが多いのですが、液晶画面も液体といえば液体が関わっている現象の一つですね。 まずは展示空間の左上に位置する映像について。白っぽいベースの画面上を黒い粒子のようなものが人為的にぐるぐる動き回る。素材の分かりにくい図像のようなパターンと、シャーレ上で砂鉄のようなものが動いているのだと判明できるパターンとがありました。 こちらからは見えない裏側で磁石が動き回ったり、たまに離れたりしているのでしょう。黒い粒子が引っ張られるように動いたり集まったり、磁石が離れた途端脱力したようにゆるんだりしています。 まりも状に集まった瞬間がなんだか気持ちよい。 諏訪さんいわくこちらの黒い粒子は砂鉄とは異なる高価な素材なのだそうですが、いい画が撮れそうだと考え制作のために用意したそうです。   続いて右側の映像について。透明な液体の中にゆっくりと浮かぶ濃オレンジの液体の映像なのですが、黒背景と白背景のパターンがあり、黒背景の方はまるで宇宙に浮かぶ太陽と星々かのように見えて印象的でした。 小学生の頃、フラスコに入った水を振ると色が変わるという理科の実験を先生が見せてくれたこと、その時の衝撃が諏訪さんの現在の制作動機の起点になっているそうです。化学実験の美しさに惹かれた彼女は、化学か美術かどちらの進路を選ぶか迷ったそう。 過去に諏訪さんの制作コンセプト文を読ませてもらった中で強く印象に残っているのは、「科学(化学?)の世界では、実験などの現象というのは1つの結論のために必要なものを取捨選択されてしまうけれど、そこで除外されてしまうような多様な現象それ自体の美しさや面白さ、そこを大切に着目していきたい」といった内容でした。正しく要約しきれているかは分かりませんが、諏訪さんが最終的に美術の方を選択した理由にはそのような視点があるようです。 最近の諏訪さんの制作と表象については、東京都美術館のとびラープロジェクトの方々によるより詳細なインタビュー記事が存在していますので、紹介させていただきます。 http://tobira-project.info/blog/2017_suwa.html   暗い映像エリアから振り返って明るい入り口側のエリアに目を向けると、今回は1点だけ展示されていた村上直帆さんの作品が正面に見えました。 所々に文字が書かれているのも見え、どこかの土地の地図であるかのような印象。表面の質感が多様で面白かったです。どんなことが込められているのか、制作についてお話を伺ってみたかった。   ここで入り口側に戻り、最初に紹介した諏訪さんのインスタレーションについて。 透明な液体が溜められた細長い大きな水槽の両側2ヵ所に、濃度の高そうな赤っぽい液体が非常にゆっくりポタリポタリと滴っていきます。水面に当たって軽く沈んだあと、一度水面に浮かび、また水底に向けて沈んでいく液体の動きが不規則で面白く、じっと眺めていても飽きない魅力がありました。その水槽を片側から拡大撮影している映像が水槽の下部に同時にディスプレイされています。 バラバラに動く液体の粒が時々連なって、縦に糸状に伸びる瞬間もありました。 単純に見ていてきれい、かっこいい、面白い。それに加えてその裏側にはたくさんの考えや事象が込められてもいるので、流れていくものたちを眺めながら話を聞いたり推測したり、無限に味わえる要素があります。   最後は、その向かい側のエリアへ。 壁には今回の展示のコンセプト文と、入り口側にもあったものと似たドローイングと液体インスタレーション、そして棚はまるで実験室のような趣で、ガラス器の作品が並んでいます。 こちらの赤い液体は先ほどのものとまた異なった現象を起こしていて、上から覗き込んでみると本人いわく「腸みたい」でちょっと気持ち悪い。この液体がどういう力の因果でずっと左向きにだけ流れていくのだろう、と考えてみたりしたのですが、その答えが見つかっても見つからなくても作品にとっては正解なのだと思います。 棚の作品群は販売も可能な形として考えて作られているそうですが、また質感の違う黒い液体(固体?)がクールでかっこいい。ガラス器という素材自体の厚みや魅力も感じさせられます。 じっくりたくさんお話をさせてもらえたことで会場を出る頃には日が落ちてしまっていたのですが、暗くなった外からの様子も素敵だったので最後に載せておきます。 こちらの中央本線画廊は現代アート寄りの前衛的な展示企画を中心に行われている様子で、室内の構造も趣もとても面白かった。映像展示のスペース奥がバーカウンターのようだったので、飲食物の提供を行うイベントなども行っているのでしょう。 これまで踏み入ることのなかった西荻窪というエリアを初めて訪れる機会となった今回なのですが、落ち着いて穏やかでじっくり思索をするのに向いているような街の印象で、こういう場所での現代美術の活動の一端を見られたことがなんだか隠れ家的で新鮮でした。 スペースとしては小さいけれど、若い人が自分たちの意思で動かしている美術の場所、と感じられてワクワクしました。 今後の展示も是非チェックしていきたいと思います。   (清水悠子)

小学校の図画工作から始まり、中学校での美術の時間・・・全く美術というものに触れたことのない人は少ないだろう。しかし、学校教育での「美術」と、世界のアートマーケットはだいぶ性質の異なるものである。教育と売買の場の違いなのだから当たり前なのであるが、せっかくなので、ここでは簡単にアートマーケットについて紹介したい。 2016年の世界のアートの取引額は約450億ドルである。売上はオークションとギャラリーからなり、その売り上げは半々である。 オークションマーケットにおいて、日本は1980年代、アジア圏において最も美術品を輸入していた。1990年には、世界のアートの輸入額の2/3をアジアが占めるようになっており、その8割を日本が占めていた。日本企業が世界の名画を高額で落札していた時代である。そのまま作品を所有している企業もあれば、バブル崩壊とともに売却したところもある。世界のアートマーケットにおける日本の位置づけも、変化していった。 現在欧米ではアートの取引がオークションからよりプライベートな取引に移っており、オークションのアート取引額は、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの中でアジアが40%と最も大きく、その9割を中国が占めている。中国では2000年代以降、美術館や教育機関のインフラが整う前に美術コレクターが急増したのである。欧米では、美術館やギャラリーで展示を重ねて、作品の価値を上げていくのに対し、中国はオークションによって一気にアジア現代アートの価値を世界に打ち出した。その後、アートの価値を維持していくためには美術館が必要であるということから、現在、現代アートを扱う美術館が建設中である。 アートマーケットにおいて中国が台頭してきた背景には、美術品購入を資産運用におけるリスク分散の手段として考える人が多いことが考えられる。対して日本の美術市場が小規模なのは、美術品が資産としてみなされていないからといえる。中国、台湾などでは自国の貨幣よりは名画を持っていた方がよい、という考えが根底にあるのに対し、日本では通貨の安定は勿論のこと、その背後にある国、政府、社会の安定と信頼があるといえる。良くも悪くも平和な社会であり、通貨を他のモノに変える必要がないのである。 さらにもうひとつ重要なのが税制上の課題である。香港とシンガポールは共に税率が低く、原則的にキャピタルゲインが非課税である。つまり、税率が低いから暮らしやすいし資産が増えても税金をとらないことを餌に、投資家や富裕層を呼び込んでいるのだ。美術作品を購入するだけなのであれば変わらないかもしれないが、作品の価値が上がって売却益を得た時の税金や、保管のための施設等のコストを考えると、美術品蒐集を行うにあたって、日本は不利といえる。日本人は家が小さいから美術品を買わないという説もあるが、それよりも税金や美術品に対する考え方の方が日本でアートが「流行らない」要因であろう。 アジアにおけるアートの見本市としては、アートバーゼル香港が最大級のものである。アートバーゼル香港がここまで成長した要因については、別記事で取り上げたいが、近年のアートブームにより、アートフェア東京を訪れたことのある人はいるかもしれない。しかし香港は簡単に行ける距離なので、アートに興味を持ち始めた方は、是非ともアートバーゼル香港を訪れることをお勧めする。入場料は2万円程度と高額だが、欧米の有力ギャラリーも多数出展しており、全体のスペースもアートフェア東京の4倍ほどである。Art Museumの名の通り、博物館として基本的には「保存」「収集」「展示」「教育」「研究」を主な機能とする美術館とはまた異なり、最先端のアート動向を把握することができる。 今年は行けなかったが、筆者は2017年に初めてアートバーゼル香港を訪れた。残念ながらデータを紛失してしまったので、、、様子を知りたい方は、公式HP,Instagramを覗くと良いかもしれない。 アートバーゼル香港 instagram(※リンクはアートバーゼル。#で香港のものを検索できる) また、中国にはご存じの方も多いかもしれないが、798芸術区、という近年は観光の目玉ともなっている地区がある。ギャラリー、カフェ、個人経営雑貨店など、雑多な雰囲気である。798芸術区に関しては多くの記事があるのでそれを読んでいただければと思うが、工場跡地をアーティストがアトリエとして使いだしたことから始まる。現在は商業化が一気に進み、賃料もあがったことで、798芸術区から出ていくギャラリーもあるようだ。798芸術区からそう遠くないところに草場地区がある。こちらは著名なアーティストのアトリエもあり、798芸術区に比べて観光色の薄いものである。 写真は2017年に798芸術区を訪れた際のものである。休憩所として使われているスペースには、「毛主席万歳万万歳」の文字が見える。 各ギャラリーも、人に対して、この天井の高さ、大規模な美術館並みである。   日本のアートマーケットは世界の1%未満という話はよく聞くが、その根拠を探すことさえ難しい。世界のアート市場動向を調査する欧州美術財団(TEFAF)が毎年発行しているレポートでも、日本についての記述は、1980年代のバブル期について僅かに記されている程度なのである。 一般社団法人アート東京の「日本のアート産業に関する市場調査」によると、日本国内のアート市場規模は、古美術や洋画・彫刻・現代美術などの美術品市場が2437億円であるが、TEFAFがギャラリーやオークション会社に対して調査を行っているのに対し、この調査は個人を対象に行われているものであり調査の行い方が異なるため、単純な比較をすることは好ましくないが、上述した450億ドルに対しては約4,5%となっており、それでも日本の市場は小さいことはよく分かるだろう。   さてここまでは、日本のアート市場が小さいという話ばかりしてきたが、最近は若手の経営者を中心にコレクターが出てきており、海外のアートマーケットからもその事実は認識され始めている。日本から世界的なコレクター、アーティストが生まれてくることを期待したい。 参照:TEFAF ART MARKET REPORT 2017,一般社団法人アート東京「日本のアート産業に関する市場調査」

作家リレーインタビュー第4弾は、木床亜由実さんです。 木床さんは、武蔵野美術大学油画修士課程を2015年に修了されて、作家活動を続けられています。先日、代々木で行われていた個展にうかがい、作品の気になる方だったので、インタビューをお願いしたところ快く応じていただきました。   展示の様子 河口:木床さんとの出会いは、先日の個展で、個展タイトルは「N」でしたね。それにはどのような意図があったのですか? 木床:個展タイトルは、私の作品に何か共通する事って何かなと考えた時に、自然物を描くことが多いのでNatureだったり、絵画の理想を具象か抽象と考えた時に中立的な立場を取っているので、Neutralだったり、初めての個展だったのでNewだったりの頭文字を取って「N」にしました。意味を持つ「ことば」を展示名につけて特定の印象を与えたくなかった、ということもあります。   ―個展タイトルは作品に共通するところから着想を得た、ということですが、木床さんの作品に共通するコンセプトはあるのでしょうか? 木床:テーマは作品ごとに設定しているので、共通のコンセプト、というと難しいです。内容的には共通していないのですが、私の絵は具象では描いているけれど、個々のモチーフは絵の要素として使っていて、ストーリーというよりは、視覚的に印象に残る絵を描ければいいと思っています。 例えば、木とかは絵の構図の流れが作りやすく、有機的な形態を描く方が好きで、気に入ったモチーフは何回か出てきています。   ―構図というと、個展の中で出品されていた作品の中で、新作と旧作とではだいぶ異なるように感じました。そういった、構図や、間の取り方、には意識の変化はあったのですか? 木床:意識的な変化はないです。私の場合は、意識的にというよりは、自分の癖など、直せない部分が作品に大きく影響しているのだと感じています。 新作の大きい作品は、私の作品としては密度は少ないです。制作時間の変化は大きな要因です。一生描いていていいと言われたら、たぶんいつまでも描いているんだと思いますが、今は、時間から逆算して、作品として成立するラインを見極めて描くようになっています。「間」を作る事は得意ではないのですが、自分の環境の変化は、強く作品に影響していると思いますし、それはポジティブな形で作品に返還しています。   ―浮世絵を題材にした絵を描かれていましたよね。 下は構図の参考とした、喜多川歌麿の「歌満くら」出典元:https://edo-g.com/blog/2015/11/shunga.html/uta_makura_m 他に、どのような作家に影響を受けてこられたのですか? 木床:わたしは、そもそもの美術への入りが、アニメや漫画、ゲームだったんです。それで、小学校の頃は、ポケモン世代なんですが、デジモン・ポケモンを描いてました。   ―あぁ、小学校、そういう子いましたね(笑)。うまい子はクラスの子達から尊敬のまなざしで見られる。 木床:はい、まさにそういうタイプの子でした。ポケモン151匹描くのがステータス、っていう。 アート方面での影響というとぐっと最近の話になって、若冲やホックニーは好きですね。両方とも美術の道を志した頃に出会ったんだと思いますが、若冲は見た時から好きで、ホックニーは色はかなり影響受けているかも。 性格ミーハーなので、その場その場で好きになったものを作品に取り入れたりしています。最近の例だと、大学院時代から絵の修理工房で働いているのですが、難波田龍起っていう人の絵が来た時、埴輪の絵があって、その後すぐに自分の作品でも埴輪を描きました。思いがけない絵に出会える環境はいいですね。   ―木床さんの絵って、明るいというか、作品に全く闇がないようこともひとつ共通点であるように感じます。色使いはひとつの要素なのかな。人に見て欲しいところとかってあるんですか? 木床:色は褒めていただけると嬉しいです。私自身も明るい作品が好き。若冲とホックニーも作品に闇がないと思います。見る人に普通に楽しんでもらいたいという思いが強いんです。 私自身、もちろん毎日ハッピーというわけではないんですけど、それこそ雨だとちょっと気持ちが落ち込む、というような(笑)。でも、わたしはどうしても、描くのに時間がかかる、長期的になるので、一時の気持ちで書くということができないんです。今日は雨だから憂鬱、でもその次は晴れちゃったりして。そうすると、長いスパンのなかで結果、自分の絵になるんです。 色は、少しずつ変化しながらも、これからもこんな形で描いていくのかなぁと思っています。私は油絵具使っていますが、アクリル絵具がうまく使えないんですよね。例えるならば、アクリルはマーガリン、油はバターって感じです。料理に使うと、まったく深みが違うじゃないですか。でも、両方メリットデメリットがあるので、これから研究していくところです。   ―それはすごく分かりやすい例ですね(笑) ところで、特に思い出深い、あるいは何等かの転機となった作品はあるのですか?ポートフォリオを見ると、かなり昔の作品から入っているのですが、比較的テイストは変化していないようにも見えます。   木床:転機となった作品といえばこれですね。 予備校時代に受験絵画に慣れないときにかいたものです。とにかく受験絵画が苦手で。課題の中に取材(スケッチ)に出かけて作品を完成させる、というものがあるんですけど、もう苦手過ぎて、隠れるようにして、この落書きを描いていたんです。それが講師にばれて、あぁ怒られると思ったら思いがけず、いいじゃんと言われて。この時描いた絵は、結局油彩にしたら全然成り立たなかったんですけど、今の土台となっています。今思うと、受験はこうでなければいけない、と自分で自分の首を絞めることもあったのだと思います。   ―なるほど。受験時代はかなり苦労されたようですね。今振り返ってみると、美大とはどのような場所でしたか? いいとこでした。環境も先生もよかったです。先ほども言いましたが、自分はとにかく描いていって作品を完成させるタイプなので、受験が苦手だったのは、とにかく間に合わない、という時間的制約がおおきかったんですよ。大学に入ると時間もたっぷりあるし、作品も予備校の頃に比べれば肯定されて、憧れる先生もいて、自然と卒業後もずっと絵を描いていこうと思いましたね。大学院は樺山祐和先生のクラスで、やりたいことを見守ってくださる方で大変お世話になりました。遠藤彰子先生は、本当にものすごく大きい絵をものすごい密度で描く先生で、憧れましたね。 樺山祐和「森にうつるもうひとつの森へ-杜-」 出典元:新制作協会 http://www.shinseisaku.net/wp/archives/2462   遠藤彰子「鐘」 333.3×745.5cm 出典元: 公式HP ―大学院を卒業されて3年目ということですが、今後どのように発展していこうと考えていますか? 木床:先のことを考えるのは苦手です(笑)。とにかく制作は続けていく、毎日描き続ける、ということしかありません。   ―活動拠点についてですが、日本で活動することの意味について考えることはありますか。海外に行くことは考えますか。 木床:私の絵は、日本の絵によせていて、日本人っていうのをアイデンティティとして持っている、持ちたいと思ってるんです。日本人はとにかく手が器用。私も、描く行為に重きをおいています。それはひとつ日本人っぽさだと思っています。構図も、江戸の浮世絵を参考にすることはあって、単純にかっこいいです。憧れはすごくある。絵じゃないとできない平面性は大事にしていますね。 制作場所を海外に置くことは現段階では考えていませんが、大学にいたときも色とかアジアに受けそうと言われて、作品を海外に持っていくことで、他国の人の反応は見てみたいです。   ―最後に、この記事は広く一般の方に読んでいただくことを前提にしているので、共通の質問があると面白いかなと思っていまして、こだわりの道具や制作においてこだわっている部分があれば教えてください。 木床:ニードルですかね。絵具を付けて削って線を出す時に銅版画のニードルで出します。葉っぱも葉脈まで描いているので、使い勝手がいいです。何回も使ってると先が太くなってきて、手にも馴染んできて自分だけの道具になります。 あとは、絵のこだわりでは、砂というか土の描き方。空は、今まであんまり書いてきてなくてまだ研究中なんですが。本当に絵具ひと塗りで終わらせることができなくて、全てを描くことでしか終えられないんです。それで、土は方向性は決まってきました。 研究中の海、空はこんな感じですかね。 左上の部分です。 海はこのような感じです。 ―不得意な部分が、解決策を考えているうちに作品の持ち味になってくるのは面白いですね。ところで、この作品、木床さんが好きとおっしゃってる伊藤若冲の貝甲図に似ていませんか?! 伊藤若冲「貝甲図」 引用元:https://paradjanov.biz/jakuchu/doshoku/163/ 木床:あ、ほんとだ(笑)全然意識はしていませんでしたけど! ―今日はありがとうございました!

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