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1月 2019

2月23、24日に館林市にて、彫刻講座及び清掃体験があります。 2018年度はこれまで東京都中央区、埼玉県越谷市にて野外彫刻関連のイベントを開催させていただきました。今年度最後は、館林市です。2日間のイベントの初日は武蔵野美術大学彫刻科教授、黒川弘毅先生の講義、2日目に野外での彫刻清掃があります。 年齢、定員制限ありませんので、お気軽にご参加ください。申し込みは館林市文化会館 TEL:0276-74-4111。 共催:群馬県館林市教育委員会・群馬県立館林美術館 企画・制作:株式会社MeltingPot

先日、ギャラリーEUKARYOTE(http://eukaryote.jp/)へ行ってきた。先月行った展示に菅原玄奨さんの作品があって、グループ展だったため、1点しかなく気になったからだ。 "Metamorphosis"とは英語で変質、変形を意味し、"The Metamorphosis"はフランツ・カフカの『変身』の英題である。展示を見ると、この作家はあの本好きかな、と考えたりするのだけれど、今回は展示名=小説名だったので、それにつられてしまった。というか考えざるをえない。 ギャラリーに置かれている文章では、『本展はフランツ・カフカの「変身」より、ある朝起きると虫に変身していた男の前の不条理から立脚する話を、眼前に質量をもって確かに存在する彫刻と私たちが対峙することに擬えてい』るとある。 さて、「ある朝起きたら虫になっていた」話はほとんどの人が聞いたことがあるのではないか。ところが、どんな話だったかとうまく思い出せず、久しぶりに『変身』を読み返してみると、アレ、こんな話だったか、と思った。幼い頃読んだ時は人が虫になってしまう衝撃が強かったが、実際のところ、虫か否かは表層的な問題なのだ。要は、主人公は朝起きたら、他者に言葉が通じず、外見もおぞましい、家族にとっては人目から隠しておかなければいけない対象となってしまった。 自室で虫となったまま引きこもっている時に、虫のごとく壁や天井を這いまわり、ふと我に返った時に、身も心も虫になっていたことに主人公は恐ろしさを覚える。死ぬ間際には主人公は家族との愛おしい時間を思い返し、一方、疲弊した家族は虫となってしまった身内を庇い続ける必要性を感じなくなってくる。足枷となっていたものが無くなることで未来を希望に満ちたものとして捉えるところで物語は終わる。虫は人として死に、家族は人を虫にした。 --- 私達が何者であるかは、ひどく曖昧な問いだ。私達は周囲にどのように捉えられるかによって如何様にもに変貌しうるし、何者かと社会に捉えられるか、それだけが「確か」なことだ。 冒頭の話に戻すと、彫刻が存在することと私たちが質量的に存在することの「確かさ」は等しいはずだ。それでも、時折り、彫刻を前にすると自らの存在が霞むように感じる時がある。それは自我があることの、思考できるが故の弱さだ。言い換えれば彫刻が持つのは、自我がないことの確かさ、不変であるという確固たる強さかもしれない。そうして、その屈強であるはずの彫刻には、人間と同様の曖昧さが、自我とは違った形で作り手によって内包されていることに、私達は一種の安心感を覚えるのかもしれない。正確に言うならば、曖昧さはどこにもなく、鑑賞する者が勝手に読み取るものではあるけれど。 そんなことを考えると面白い二人展である。共通項のある視点を持ちながら作品形態は全く逆だ。展示は2月3日まで。決して広くはないものの、3階立ての空間にはシンとした濃密な時間が流れている。 (河口)

昨年の12月13日、中央区の新富町駅から徒歩1分の場所にあるギャラリーオリムへ、吉田明恵さんの個展を見に行ってきました。    これまで大学関係や知人作家の告知で知った展示の紹介が多く、私自身が内輪感に若干飽きてきたため、全く知らない作家さんの展示へ行くことを今回のテーマにしました。 Facebook上で今回の個展のイベントページを見かけ、作品画像とコンセプトが面白く魅力的に感じたため、吉田さんの個展をチョイス。 前日に一度、下見として同様にピックアップした他の作家の展示を含め4か所ほど巡りましたが、吉田さんのものが最も見応えがあり、ご本人にお話を伺いたく翌日に再度訪問して来ました。 今回の面白さの要素の1つとしてあったのが、こちらのギャラリーの独特の内装空間でした。 全体が黒い壁で、展示空間としてはかなり小さい方に感じました。 ギャラリーの方にお話を伺うと、創業30周年になるこちらのギャラリーはもともと画商同士のやり取りのために使用してきた空間なのだそうです。黒く立派なソファーも置かれ、なるほど応接室のような設備になっているのも納得でした。 30周年の今年、初めてオープンギャラリーとして一般の方も来られる展示空間として使用を始め、外部の作家に声がけをして行う企画展示もこれが2度目となるそうです。   私が吉田明恵さんについて事前に得ていた情報には、画像を見るに抽象画の作家であること、個展情報に添えられていた文章にあった貝殻や鉱物、ミネラルというキーワードとがありました。 そうしたキーワードが作風とどう結びついているのかネット上の画像からでは汲み取り切れなかったのですが、作品実物を見つめお話を伺ってゆくとその結びつきがよく分かってきました。 まず、入って右手の開けた空間の小作品から見てゆきます。 壁の高い位置にあった紫の作品。メタリックな質感が強いのはこの作品だけでした。 隣の壁の3作品。 こちらの作品が、この展示の中で吉田さんご自身が一番よい出来だと感じているものだそうです。 他の作品よりも、キャンバス地を思いっきり残した状態なのが印象的です。透明感とツヤのあるアクリルメディウムが、それ自身の動きのまま力強く使われているのが吉田さんの作風の特徴だと感じました。メディウムのそうした使われ方が伝わりやすい作品でした。 並んだ3作品の一番左の黄色が強い作品を見ると、透明なメディウムの上から色がさらに重ねられ、積層構造のような独特の質感が生み出されているのが見て取れます。 続いて向かいの壁へ。元々こちらのギャラリーに置かれていた奥の棚の彫刻作品とそのまま展示空間を共にしているのが面白いです。 こちらの黄色が強い作品。上部に積層が薄く抜けてゆくような部分があり、私はそこの美しさに惹かれました。油彩画のような温かい質を感じます。物質としての距離は、絵具の重なりの手前と奥という数ミリ程度の厚みの差のはずなのですが、絵の中に広い奥行きを感じることができます。 隣のこちらの作品は、しっかりと絵具が画面を覆い、アクリル絵具らしい質や色を強く感じます。 層の薄くにじんだような不思議な色合いの部分、アクリルメディウムの重ねられた部分など、1枚の絵の中にいくつかの質感が同居している吉田さんの作品。制作の過程についてご本人に伺うことができたので、少しご紹介させていただきます。 幼少期より、石や貝殻など年月が積み重なったような積層の現象を持つものが好きで、よく集めていらっしゃったそうです。現在の制作では、とある幻想的で魅力的な模様の石をモチーフに、その模様を拡大した画像をキャンバスに転写し、その上から感覚的に絵具を置いているそうです。転写イメージの元となっている石の写真を見せていただきましたが、魔法のようなカラフルな色味と深みを含有していて、天然の石なのかどうかを疑いたくなる美しさでした。 鉱物という物質の強さ、美しさ、深みを絵画の画面上に展開されているのですね。 また、作品ごとに色味の傾向が様々なのも印象的でした。その点について伺ったところ、自分の好きな色などに偏らないよう作品の色味の幅を意識されているそうです。 鮮やかな青緑が美しいこちらの作品は、アクリル絵具らしい発色なのかと思いきや、素材は油絵具なのだそうです。なるほど、素材にこっくりとした重みがあり、中央の透けた部分が美しいです。 続いて下はギャラリーに入って正面の位置にあった大きな作品。色彩が軽やかで清々しいです。 ここからはギャラリーに入って左側、応接間のようなソファーとテーブルの置かれたエリアです。オーナーが購入されたという、芸術家・バンクシーの作品モチーフの像が置かれています。美術大学出身というオーナーご自身が金色のスプレーで加工されたそうです。面白いですね。 バンクシーの隣には、ペインティングナイフの動きが見える、茶色みの作品。 赤い壁との対比が印象的な水色の作品。均一な水色で視界が覆われ、ブラインドの隙間から向こう側の世界を覗き見ているような印象です。水色の奥にある透明メディウムの層が効いています。 左上にキャンバス地がはっきり残されている作品。左上に強い光が当たり、写真では透明メディウムが白く煌めいて見えています。転写にもムラを付けてあることで、偶発的な素材たちの自由さがあります。 最後にご紹介するのは、今回の展示の中で私が一番良いと感じた作品です。油絵具と金箔が使われ、落ち着いた色味が他の作品と雰囲気を異にしています。教えていただいて興味深かった点は、立って作品を見た時と、ソファーに座って見た時とで金箔の煌めきの見え方が変わるところでした。 全体と明るく写すとこのような作品。 転写の虹色の部分が中央に広く残っていて、色味も重く、とても美しいです。転写のムラの筋が、私には水流のように見えます。緩やかな流れの大きな河を、絵の向こう側に見ているような感覚です。 画面の右寄りに、大きな金箔が縦に入っています。その部分が夕日を映す川の水面の煌めきのように見え、私には牧歌的な川の情景のように感じられました。 ソファーに腰掛けて少し暗めに全体を撮影した下の写真を見ていただくと、縦長の金箔の輝きが伝わりやすいかもしれません。この作品はこのギャラリーが黒い壁であるおかげですごく引き立っている、と吉田さんは仰っていました。言われてみれば確かに、黒い額装をしてる他のいくつかの作品は白壁の空間でも同じような魅力で見えそうですが、額装がなく落ち着いた色味のこちらの作品は、真っ白な壁に展示すると見え方が全く変わってくるかもしれません。 色々なことを考えたり、想像したり。ソファーに座ってずっと見ていたいと思える作品でした。手頃なサイズと値段であれば、購入したかったぐらい。   最後に、モビールが飾られていて面白かったギャラリーの一部分をご紹介して終わります。 今回の展示作品にはありませんでしたが、英字のロゴを絵に重ねたような作品も制作されている吉田さん。そちらのイメージも非常に格好良く、今後の制作スタイルに注目し続けたいと思えるアーティストでした。 2019年中之条ビエンナーレへの参加が決まっているそうです。どのような作品が発表されるのか、今から非常に楽しみですね。 (清水悠子)   吉田明恵さんは現在、渋谷西武にて個展を開催されています。吉田さんの作品上の不思議な質感を皆さまぜひ直にご高覧ください。   Akie Yoshida -Brilliant Mineral- 2019年01月16日-27日 西武渋谷店B館8階 美術画廊・オルタナティブスペース 10:00-21:00(日曜日のみ20:00まで) https://www.sogo-seibu.jp/shibuya/topics/page/181207yoshidaakie.html  

作家リレーインタビュー第 9 弾は、金田涼子さんから紹介いただいた宮川慶子さんです。 宮川慶子ウェブサイト:https://www.keikomiyagawa.com/ 宮川さんは、2016年に東京造形大学大学院 造形研究科 美術研究領域を修了され、形態に捉われず幅広い作品展開をされています。 2014年には青森県立美術館にて奈良美智さんが選ぶ若手作家選抜展「プロジェクト PHASE 2014」で個展をされていて、気になっていた作家さんでした。今回は、少し先に展示をされるということで、直接作品を拝見する前にポートフォリオを見ながらのインタビューとなりました。 河口:幅広い作家さんと出会いたいと思いながらも普段は母校の東京芸術大学の人と接することが多く、インタビューを通して様々な方と知り合うことができるのが嬉しいです。今日はどうぞよろしくお願い致します。早速ですが、近年の制作のテーマについて教えてください。 宮川:金田涼子さんからバトン受け取り、今回お会いすることができ嬉しいです。今日はよろしくお願いいたします。では、話します! 詩を書いたり、粘土でみんなをつくったり、キャンバスに毛並みのようなものや、みんなを描いています。 ~~~ みんなはいつも布団の扉のかげに潜んでいて、 みんなを呼ぶと、いそいそと出てくれる。 みんなは、肩や膝の上にせっせと登ってきて、 みんなは、あなたやわたしを励まし、応援する。 ~~~ これが私のつくることについてです。 ー:みんなっていうのは、概念的な言葉で、特に何かを指しているわけではないのでしょうか? 宮川:みんなっていうのは見えないけどいるかもしれない、全てについて。今、河口さんと話しているここにもいるかもしれない。作品の中で、わたし、あなた、みんなという言葉をたくさん使用しています。理由は、私は「わたし以外のあなた(特定人物がいない誰か)」を確認したり接したいから。 ー:宮川さんは tumblrに詩をあげていて、そこに登場するものって、猫だったりとか、ヤドカリを殺してしまったことであったりとか、現実に宮川さんが生き物の生命に直面されたものが多いように思うのですが、作品としては鹿の形で表れていますよね。 なぜそれらが鹿として表れるのか、それとそもそも、様々な過去の出来事を自分の中でかみ砕いた結果の表現として鹿になっているという理解であっているのでしょうか。 宮川:鹿「のようなもの」であって、鹿ではないです。ある作品では兎と合体していたり、足の一部は人の腕ですし。四つ足の何か。剥製の鹿を使った作品があるので、そのイメージが強いかもだけど

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