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Column

鈴の音を観て、ガラスの破片を聴く。/ アート・バーゼル香港2019にて

 

執筆者 山本愛子

中国、杭州に滞在する現代美術家、山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。

 


 

香港に着いた。私がなぜここに来たかといえば「アジア最大級のアートバーゼル」というものが一体どんなものなのか、とりあえず行ってみようと思い立っただけなのだ。滞在中の杭州から飛行機でたった2時間、映画を一本見終わる前に着いてしまった。空港から直接会場に来てオープンまであと数分。急いできたので景色もよく見てない。というか香港のこと何も知らない、調べてない。着いてみて身を以て知る。根無し草の私は、自分で動いて見て聞いて感じることで言葉に血を通わす。「行かなくても美手帖とかSNSで雰囲気わかるし、お金持ちが集うような場所に作家自身がわざわざ行く必要がない。」昨日の私に言えるこの冷えた言葉を捨てるべく、水分をたっぷり含んだ粘土のように何も固まっていない状態のうちに色々と経験しよう!わくわく!そんなことを考えていたらバーゼルは澄まし顔でオープン。マップを見るとすごい量。242ブース!1ブース2分でも日が暮れる。

 

 

流れる風景のように膨大な量の作品を見ていると、私は作る側であるから作品の気持ちを考える。もし私の作品がこの大海原に一つ浮かんでいたら、と。人々は軽やかに回遊する。珍しいクラゲに目を奪われ、キラッと光る小魚にあら可愛いとよそ見して、遠くそびえ立つ山々にあちらに行こうと舵を切り、注意散漫な脇見運転をしながら、ある夫人はシャンパンを片手に風景をお楽しみのご様子だ。何というか、そんなことは予想してここに来たわけだし、と私もめげずにボロ船を漕ぐ。目ではなく心を奪ってくれるものは無いかと、そんな期待でパドルを手にする気持ちだけはトレジャーハンター。私の心を奪う何かに出会いたい。運命を感じる作品はないでしょうか。

 

 

不思議だな。こんなにたくさんの作品に囲まれているのに、なぜ見つからないんだろう。まるで行き交う渋谷スクランブルのど真ん中、恋人に出会えずひとり空を見上げて途方にくれてしまっているような。皆の目を奪う作品はたくさんある。インパクトがあったり、有名な作品だったり。しかし心を奪う作品はきっと人それぞれ違う。そしてそれはなかなか見つからない。目を奪う作品とは「今どこにいる?」と聞かれこの会場で待ち合わせにできるものでもある。「村上隆のおっきい花があるところにいるよ~」「なんか一番ネオンがすごいブースのとこ」という感じに。共通言語になりやすい作品は話題に乗りやすい。そして売れやすい。かどうは売り側じゃ無いので分からない。

 

 

いくつかの心惹かれるものに出会うことはできた。それらには共通点があった。私が心惹かれた作品の共通点、脆いもの。古紙、布きれ、いわゆる「襤褸」や、糸や針金、か細く自立するもの。素材に限らず、何やら細密に懸命に何かを記しているけれど、それが解読不明か意味深長なもの。謎を謎のままに肯定するもの。どこかの民族刺繍やらがオブジェにまとわりガラクタのような振る舞いだったり、メカニックな技術を駆使しているにも関わらず意味不明な働きをしていたり。私はそうした美しい暗号に出会った時、自分の心が喜ぶのを感じた。一見脆い暗号の奥に燃えたぎる強さ、作家自身の感性がじわじわと伝わってくる。待ち合わせ場所にはされない、どこかとりのこされた雰囲気のものたち。私はそんな素朴極まりなくオーラあるもの達に惹かれたのだった。

 

 

睨みが静かに光る。夜の茂みに一瞬ギラリと野生の眼。この野生は、注目を浴びてやろうという野心とは別のベクトルで呼び鈴を鳴らす。静かな鈴の音は、確かな警告でもある。作者の意図では無いとしても、私はこの作品たちを(正確に言えば作品の「部分」たちを)鏡として、私自身の居場所を聴くことができる。これは私が今回アートバーゼルに来て最も良かったと思える収穫の一つだ。自分は何が好きなのか、何を察知できるのか、何に心を通じ合えるのか。改めて分かるのならば、こんな鑑賞スタイルもあって良いでしょう。

 

 

人間は集合体になると野獣のよう。ガッツリ獲物を捉えに勝負をかける作品群の中、むしろ鈴でもって熊を寄せ付けぬこの素朴なものたち。同じ鈴を持っているもの同士だけが、リン リン リン と、秋の虫が互いの居場所を確認するように、それに心を交わし警告を理解する。野獣はその音構わず歴史を刻む。繊細なガラスの道を踏んづけ、足の裏から血が流れてもバリバリと大雑把に割り進む。そして生まれたガラスの破片たち、歴史の刻みカス。その一つひとつの怒り、悲しみ、美しさに心を通わすことができるのは、ちっぽけな個人の特権かもしれない。儚く鋭利な光、皮肉にも野獣の歴史無くして破片も存在しえないけれど。

 

 

こうして私は、アートの文脈を大無視して、アートバーゼルという大海原で鈴の音を頼りにガラスの破片拾いを楽しんだ。これでいいのだ!私は野獣ハンターではないのだから。自身の中に新たな言葉をコレクションし、バーゼルを後にひとり香港の夜景に迷い込む。小道、急坂、傷ついたアクリル板の窓越に吊るされた豚肉。排気口から蒸気。紅色の繁体字を下品にテカる金色がふちどり、冴えない小道をイカツく浪漫に仕上げてる。野良とペットを変幻する猫。目が合った。 ゴンゴンゴンと背後から私を追い越す二階建てバス。真っ赤なタクシー群が聴き慣れぬ信号機にひっかかり二手に分かれ、新旧入り混じるマテリアルの奥へと消えていく。明日は友達に会う。グーグルマップ片手にまだまだ吸い込まれそうな迷路の先。今夜の格安ドミトリーを目指し、リンリンと情熱がほとばしり、キラキラ掴めない破片と歩く。

 

 

ーあとがきー

4泊で香港アートバーゼルと周辺のギャラリーやアートスペースを色々歩き観てきました。4泊分の日記の文字数が収集つかなかったため、このコラムでは初日3月27日の日記から抜粋して編集しています。香港アートバーゼルに関しては多くのレビューが公開されるであろうと思い、ここでは周知の情報的なものは記述しませんでした。あくまでも作家目線の超個人的フィルターを通した世界から、自由なアートの楽しみ方、アートと日常が繋がっていること、香港初日の臨場感が伝わったらいいなと第1回目のコラムをお届けしました!次回は、私が滞在中の中国杭州で借りているアトリエ周辺についてです。よかったら次回もお付き合いください。

 

プロフィール

山本愛子 Aiko YAMAMOTO
作家
ウェブサイト http://aikoyamamoto.net
1991年 神奈川県生
2017年 東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了
2018年から現在、中国美術学院新媒体芸術科研究生、ポーラ美術財団在外研修員として杭州に滞在中。

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