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Column

静かな中国 – 杭州の芸術家

 

 

執筆者 山本愛子

中国 杭州に滞在する現代美術家、 山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。

 


 

静かな中国 – 杭州の芸術家

杭州に来てもうすぐ9ヶ月目に突入する。世界遺産の西湖を中心に広がっているこの街。中国7大古都の1つで、多くの文化財が現存する風情ある土地だ。私と湖との初対面は日暮れ時だった。水面は音もなくたふたふと揺れ、夕焼け空をうつしたゼリーのような光沢がぬらぬらとしている。海や川のような流動感はまるでない。この静寂閑雅な光景が、人に言葉を紡がせるのだろう。詩人や芸術家に愛された湖というのにも納得がいく。

 

私の制作スタジオは西湖一帯から南にバスで小一時間ほど下った土地。「白塔岭(バイターリン)」というビルの一室だ。山頂に位置しており、私は中古電動バイクの充電を日々気にしながらガーっと登って通っている。左右に見える二棟の全室が、現在13名ほどのアーティスト達で埋まっている。空きビルだったところに、この1~2年の間でアーティスト達が一気に移動してきたらしい。その前までは市内中心地にスタジオが密集したスポットがあったのだが、家賃の高騰と共に今は全員撤退。「最近のブームはこの辺だよ、まだ家賃が安いから広いスペースが使える」と地元のアーティストが教えてくれる。どの地でもアーティストは穴場の開拓が上手いなぁと思う次第。

それではこの白塔岭スタジオを少しのぞいてみましょう。

 

一室で絵を描いているのは、潘子申(パン・ズーシェン)さん。彼女の作業場は、何やら小さなもの達でにぎわっている。棚にはスケッチブックが山積みになり、その上には不思議な形のオブジェがちょこんと重石に。何かの機械を分解したパーツが机に散らばる。小箱達に詰まっている漢方薬。点在する陶磁器、小岩、流木。空きビンに野草のドライフラワー。部屋というより小さな庭に来たような気分だ。

 

巨大な山脈か、あるいは骨のようにも見える何かを描いている。彼女はこれを「身体の地図」だと私に話してくれた。

 

《作为承载的身体》2016

人骨と共に描かれているのは薬草だ。なんとなしに描いているわけではなく、薬草の効能と身体の箇所の関係に基づいて描かれているというので驚いた。なんと神秘的な身体の地図!中国医学の神とも言われる人物「神農」からも創作の着想を得ているそうである。神農は、農業、薬草、医療に尽くした人物。伝説によれば神農の体は頭部と四肢を除き透明で、内臓が外からはっきりと見え、その自らの身体で薬草と毒草を検証した。もし毒があれば内臓が黒くなるので、そこから毒が影響を与える部位を見極めたという。

 

《松果在你的眼睛,海马在你心》2016

私はこの作品たちがとても好きだ。なぜだろう。一つはおそらく、絵であり図であるところが良いのだろう。絵の魅力が右脳を喜ばせ、図の説得力が左脳に思考を始めさせるような、そんな感性と理性を兼ね備えている。「漢方薬の歴史の中で、薬の効能は歴史ごとに異なって語られてきた。例えば、万年茸が死人を蘇生することができるとまで言われる時代もあった。」と潘子申さんは言う。肉体と精神の自己回復。病は気からという言葉が今もあるように、薬草の効能と人間の「気」や「意識」が混じり合うことで、古来の人は身体を回復させてきたのかもしれない。古来の伝説というものは大抵が摩訶不思議に聞こえるが、科学が進歩した現在だって人間の精神と身体は相も変わらず神秘に包まれている。人は人についての全てを知ることができない。未知を探求する人間自体が何より未知の存在なのだ。彼女の作品は、現代人が忘れかけている未知の存在への畏敬の念を自然と呼びかけるようだ。

 

描く姿をしばらく見させてもらって気づいたことがある。彼女は、描く時間と同じくらい描かない時間をもつ。キャンバスに手をそえたり、絵を見つめたり、空中で手をゆっくりと動かしたりと呼吸のようだ。独特の時の流れのなか、小さな刺繍を好む彼女の服が揺れる。物静かに微笑む表情がそれによく似合う。キャンバスの上で医学も美術も区切りがなくなっていき、ただ彼女らしさがそこにある。

 

さて、その隣のスタジオからは、彫刻刀の音と共に木屑の良い香り。大水曾淼(ダーシュイ・ツェンミャオ)さんが木を彫っている。このスタジオが、本当にセンスに溢れているのだ。置いてあるもの一つ一つにこだわりが見える。ここで彼女が作っているのは中国古来の楽器、古琴(クーチン)。3000年以上の歴史を持つ、中国人が古くから愛好した音楽遺産。私は中国に来るまで古琴を見たこともなかったけれど、日本の箏よりシンプルな印象。日本の箏は13弦に対し、古琴は7弦の絹糸で作られる。

 

曾淼さんは中国美術学院で油絵科を卒業している。美大で絵を学んでいた彼女がどうして今、古琴を作っているのか?単純な疑問が湧き単刀直入にそれを尋ねてみた。まあまあ、と彼女は漆黒の小さな陶磁器を木のテーブルの上に並べ、中国茶をゆっくりと淹れてくれた。体内に染みわたる。きっかけは学部生の頃に古琴の演奏を習い始めたこと。その当時に先生が仰った言葉がある。「古琴の楽譜は古代のもので、奏者はそれを学ぶ。古琴の楽器自体は、奏者にとって買い物にすぎない。楽譜と楽器は別々の分野にある。」それを聞いた彼女は、楽譜と同様に楽器自体も学びたいという想いになり、独学で古琴の制作をはじめた。

 

手仕事は美しい。彼女の美しく無愛想な手が生み出した古琴の音色。その音に惚れこむ奏者達が山頂の辺鄙なスタジオまで買いつけにくる。独学でここまで作れるの?と私が驚くと「本を読んで手を動かした」とサラッと言う彼女。「絵を描くことも楽器を作ることも自分にとって同じこと、ただ好きなものを作っている。」

 

「神奇秘譜」と表紙に書かれた不思議な本を見せてくれた。なんとこれが古琴の楽譜!漢数字が弦の番号を示していて、そのほかが手の動きなどを表しているそうだ。曾淼さんによれば、古琴の楽譜には五線譜のようなテンポやリズムが無いらしい。奏者がこの譜をどう読むかに委ねられる部分が多く、同じ楽譜でも演奏は十人十色ということだ。確かに読めないなりにも五線譜とは全く異なる構造であることは伝わる。眺めているだけでかっこいいが、やはり読めなければ音は聴こえてこない。彼女にはこれが読めて、音が聴こえているんだなあ。

 

ある冬の朝、スタジオで曾淼さんの演奏を聴かせていただいたことがある。山頂の白塔岭スタジオは静寂に包まれていて、凛と冷えた空気のなか古琴の音が響きわたる。一曲は15分ほど、その大半が余韻なのだ。弦が弾かれ音が空間に消えゆくまで、まるで絹糸という動物の鳴き声を聴いていたような感覚。余韻の最後まで音の行方を感じとろうとすると分かることがあった。音が空気を振動させているということ。その振動に明確な区切りはないこと。西洋の12音階のように区切って音程は語れない。フォルテやピアニッシモのように音量を規定することもできない。リズムを一定に刻むこともない。生の音が空気と共に鳴いている、と言い表せば良いのだろうか。東洋の音に対する感覚は言語を超えた先、沈黙の領域にあるのだろう。素人ながら私はそんな芸術の時に触れた気がした。

 

絵と古琴。色も、音も、その手を介せば彼女の化身となる。好きなことに向き合う手、帰り際にはいつも旬の果物をお土産に、私の手の上にポンとのせてくれるのだ。

 


 

潘子申

1984年浙江省台州生まれ

2007年中国美術学院油絵科卒業

2014年中国美術学院インターメディア科修了

WEB記事 https://mp.weixin.qq.com/s/ALqcqiGOv504I-DSM9yP0g

 

大水曾淼

1984年江西省生まれ

2007年中国美術学院油絵科卒業

2005年から浙派郑云氏の元で古琴を学びはじめ、2015年より独学で古琴を制作。

 


あとがき

中国=騒がしいというイメージを持っている方が多い気がします。しかし静かな中国もある。ここでの私生活はとても穏やかです。今回ご紹介した2人のアーティストもそんな静かな世界の住人で、いつも優しい雰囲気に包まれています。中国古来の薬学や楽器といった自国の文化を自身の仕事の中で黙々と探求している姿はかっこよく、学ぶことたくさん。

このコラムでは、私自身の超個人的なフィルターを通して見える世界、私が出会った芸術を、一緒に味わえればと思っています。ひとり静かな時にでもまたお付き合いくださいませ。

 

筆者プロフィール

山本愛子 Aiko YAMAMOTO
作家
ウェブサイト http://aikoyamamoto.net
1991年 神奈川県生
2017年 東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了
2018年から現在、中国美術学院新媒体芸術科研究生、ポーラ美術財団在外研修員として杭州に滞在中。

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