作家リレーインタビュー

作家リレーインタビュー Vol.5

作家インタビュー第5弾は、福井伸実さんです。木床亜由実さんからの紹介です。

福井さんは、武蔵野美術大学油画科を2013年に卒業されて、現在も多岐に渡る創作活動をされています。おそらく最も多くの人が目にするところだと、ゲスの極み乙女。/アルカラ/さめざめ等、ミュージシャンへのアートワーク提供でしょうか。

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そういったメディア媒体では作品を拝見したことはありましたが、ちょうど14名のアーティストが元職員寮を舞台に柴の魅力を伝える宿をつくる、というプロジェクト(https://motion-gallery.net/projects/futenarthostel)に参加されているということで、先日見に行ってきました。

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そして、インタビューは初対面にも関わらず、またしてもアトリエにお邪魔させていただきました。

河口:こんにちは。ミュージシャンのジャケットは、よく知っていましたが、それを描かれている方は知らなかったので、今日お会いできて嬉しいです。

福井:ありがとうございます。

福井さんのHPを拝見すると、本当に幅広く活動されていますね。イラスト、絵画、ライブペイント、作品の発表媒体もLINEスタンプやグッズ制作など。

他メディアのインタビュー記事を読んで、その中に作品を「イラストと言われるのは当初違和感があったけれど、それは自分が決めることではなくて、見る人それぞれが自由に決めてくれればいい」という記述がありました。でも、ご自分のことを人に説明する時は、どのようにされているのですか?

福井:自分の活動を一言で説明することができなくて、「恋する絵描き」というのを自分でつけたんです。今大学を卒業して5年目ですけど、3年前くらいだったかな。アーティストっていうのは自分にとってはかっこよすぎるし、クリエイターっていうのもちょっと違う。

「絵を描いています」っていうのが自分の中で一番しっくりきます。大学在学中にイラストの方が注目されてから、人から「イラストなんですか?」「アートなんですか?」と聞かれる時期があったり、絵を描くのも何のために描いているのか分からなくなった時に、思い返してみると恋とか愛とかをテーマに作品制作していたことや、絵を描くこと自体に対して恋する気持ち、絵を描くことを盲目的に愛しているその初期衝動だったり、そういう、「好きだ」っていう気持ちを忘れないようにしたいなっていう思いがありました。

ーそうなんですね。木床さんから紹介いただく前まで、作品だけ知っている状態では、てっきりイラストレーターの方が描かれているものだと思っていました。美大の絵画や彫刻等の学科に入るとマーケットの違いはあれど、アート業界に入っていく人がほとんどだと思いますが、美大、しかもデザインではなく絵画科を通過してこういった大衆化したアウトプットをされていることが興味深いです。

もともとどのようなところから美術に興味を持ったのですか?

福井:それは、絵を描くのが好きで、それで褒められてきたということでしょうか。それこそ、おばあちゃんの家に行って、カレンダーにパパッと描いたものが褒められる、お手紙の端っこに描いたものが褒められる、そこから始まって、ぱっと作ったものが褒められてそれが嬉しいというのは常に軸としてあるのかもしれません。

ーそう考えると、美大、というか美術教育を受けることってむしろその逆にあるというか。その辺はどうだったんですか?

福井:そうですね、美大は思い返すと、つらかったといえばつらかったですかね。大学に入って、急に絵を描くことに理由が必要になったんです。絵を描くことについても、何かモチーフをひとつ選ぶにしても。それは今思うと大事なことだったけれど、理由がなければ絵を描いてはいけないのか、言葉にして説明できなければいけないのか、と。そうすると、どんどん絵が説明的になってきて、その絵は私にとっては全然面白くはないんですよね。

ーこの辺の絵は結構楽に描けているものでしょうか?

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福井:そうですね。

ずっとドローイングは続けていて、この感じがいいよって周りにも言われるようになって、そこからはドローイングのテンションをどうやって絵画に落とし込んでいくか、と考えていて、最近少しずつできるようになってきたかな。

ーでも、絵を描くきっかけだったり、作品の発表媒体への良い意味での固執の無さを考えると、ドローイングで評価を受けてきて、何故それを絵画にする必要があるんですか?

福井:ね、ほんとですよね、それはそうなんですよ(笑)

んー、でも、やっぱり残るものでありたいっていう気持ちがあって、制作におけるコンセプトとしても。絵の強さって、ずっとそこにあり続けることができることだと思っていて。個人的な感情をコンセプトにして、その感情をドローイングにのせると儚いんです。でも自分のエゴを超えて、そこにあり続けるものとして人の救いになりたいから、挑戦していきたいです。

ードローイングは机の上に置かれているものだけでも、かなりの枚数が見えますが、どのくらいの頻度で描かれているのですか?

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福井:なるべく1日1枚描きたいところですが、実際には2日に1枚くらいかな。絵を描いていると言葉が頭の中で回っているような感覚で、特に題材を探しに行かなくても楽にかけます。

ーそういった言葉って、映画や本などから取り入れたもの、それとも人に言われた言葉ですか?否定的なもの、肯定的なもの?

福井:人に言われた否定的なものが多いですね。でも、論理的な言葉ではなく、断片的な、投げつけられるような感じの言葉です。

ーとすると、絵を描くことはある種の浄化作用ですか?

福井:ほんとそうだと思います。もともと絵は暗かったので。悲しいことは悲しいままに描いていて。

ーそれは意外ですね。今の作品はむしろ軽やかに見えます。どうして変えた/変えられたのですか?

福井:それは、愛されたいっていうのがあるかな。その方が難しくないというか。人間も悲しいことを悲しいと言ってる人よりは乗り越えた人の方がかっこいいじゃないですか。母がそういう考え方だったことも大きいかもしれません。

周りにも暗いねとか怖いね、とずっと言われてて、自分でびっくりしたんです。怖いと思って描いてなかったので。それで、認められたい、愛されたい、という方向に行っていたら、自分自身の作品も変わっていきました。

あとは転機というと、大学の卒業制作が大きかったですね。
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この時に、それまでは悲しいこととかを描いていたのが、はじめて自分とかけがえのない存在を描いて、それを絵にして、絶対的なずっと存在してくれるものにするっていう形が出来ました。これだな、という感じになって。

エゴというか、よくオナニー絵画っていう言い方するじゃないですか。そういうのじゃなくて、そういうのじゃないっていうのも自分で決めることじゃないかもしれないですけど、想いを残したいとか、絵画である意味とか、自分にとって絵ってなんだろうっていうのが見えてきました。

ー先ほど、恋や愛をテーマに描いているという話はありましたが、作品を通して人に伝えたいこと、表現したいことはありますか?

福井:誰かに何かを狙って共感してほしいというよりは、そこにあるものとして共感してくれたら、私は幸せです、っていう感覚です。作品に対しては、「愛してよ、分かってよ」っていう気持ちを詰め込んでいるんですけど、それが作品として成立したら、鑑賞者がどう受け入れるかは自由にしてもらいたいです。もう、そこから私には何も求めないで欲しい。もうそこにあるものとして存在するから、あなたがどういう感情をのせてもいいし、どういう評価をしてもいいから。

ーあくまでも絵を描くことで一通り完結して、完成した作品を通して人に何かを伝えたいということはない?

そうですね、ないですね。誰かの想いがのることは望んでいますけど。

色んな事は儚いという意識は根本にあって、ジレンマですよね。愛したいけど当たり前じゃない、離れていくものなんでしょ、みたいな。私は愛されたい。愛という儚いものを絵にすることで、絶対的な、そこに存在しているものにしたい。

ー先ほどの質問からの繰り返しみたいになりますが、入りがドローイングという儚いものであったとしても、だからこそ、それを絵画にしていく必要があるということなのですね。

題材についての質問ですが、ほとんど女の子を描かれていますよね。それはずっと一貫したものですか?

福井:そうですね、女の子は想いをのせやすい、投影しやすいから。

ーでも、決して自分じゃないんですね。自分だったことはあるのですか?

福井:あえて自分じゃなくしてます。自分だと距離があまりにも近くて、見るに堪えないじゃないですか。それを買いたいとはほとんどの人は思わないでしょうからね。

ーなるほど。アートに限らず、影響を受けた表現者はいますか?

福井:私は自分の個人的な感情を描くことをずっと続けているので、好きな作家というと難しいですが、大槻香奈さんや、是枝監督は好きです。無理してなくて、ちゃんと自分の中から出てきている、漠然というと、”そこ”に寄り添っている。私の好きなものはそうだし、そこへの憧れもある。

ー個人的な感情ということは今も常に軸としてありながらも、エゴから始まって、そうじゃなくて想いを強くする、人の救いになる役割を絵が担うようになった、というところがこれまでとすると、これから自分の絵ってどうなっていけばいいな、とか今後のさらなる展開はどのように考えていますか?

福井:ずっと描いていきたいなっていう当たり前のことを、でも難しいことだからこそ思います。ドローイングのテンションを大事にどう作品にするか、意識がないような絵をどう意識してつくるか。

あとは、大きい作品は今まであまり描いてきていないですが、公募展に出さなきゃと思って、今大きい絵を描こうとしています。

ーそうなんですね。勝手な先入観で大変申し訳ないですが、今の活動のされ方をみると、あえて公募展に応募しない方向性だと思っていたのですが、そういうことではないのですね。

福井:はい。ほんとはしたいっていうか。大学であまり評価されなかったので、だからどうせ認められないんでしょ、みたいな気持ちを持ちながら、ありがたいことにイラストの方がニーズがあったので、それをばーっとここ数年やってきました。でも、見た目が軽いっていうのは良さでもあるけど弱さでもあると思うので、これからは公募に出して認められていきたいですね。

いろんなプロジェクトに関わらせていただいたりしていますが、それはありがたいことに人の縁で出来たことだったりするので、「福井伸実」ひとりの作品として認められていきたいです。公募に出していくことは、必要なこと、義務なんじゃないかな。まだ名も無い私の絵を買ってくれたり応援してくださる人へ恩返しをしたいという気持ちと、描くことを続けていく上で評価は必須であるということです。

ー柴又FU-TENの天井まで描きこんである福井さん担当の部屋を見てきて、それからこうやってお話しさせていただくと、愛されたいとか、そういった満たされない想いが作品の主題としてはありながらも、最も根本的な軸に「絵を描くことが好き」ということが強くあることを感じます。

もちろん、創作活動を行っている人は誰しも作る行為が好きであることは共通していることだは思うのですが、福井さんの場合はそれがご自身を突き動かしている一番の原動力であるように感じるんです。非常に漠然とした、質問というよりも、ほとんどボヤキですが、「好き」って何なんでしょうね。

福井:なんなんだろう、、好きって。

やっぱり、そこで認められていったっていう幼少期の記憶が大きい気がしますね、この年になって。

アートだと海外に行くのが主流だったりしますけど、大事な人がいる場所で、絵を描くことを続けている、ということの方が自分にとっては大事です。お母さんとか、大事な友達、死んだ犬とかにとって恥じない人間でいたい、絵を描いている自分でいたい、と思いますし、それが自分にとっての糧です。

ー最後になりますが、こだわりの道具や制作においてこだわっている部分があれば教えてください。

福井:なんでも使うからなー(笑)

ーすごい出してきますね。逆にこだわりがないのがこだわりでもいいですよ・・・

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福井:これとかはライブペイントで着る時の服です。何パターンかあります。自分で描いたものですがやっぱり、お客さんにも楽しんでいただきたいですからね。

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あとは、道具でいうと、このホルベインの筆とポスター紙ですね。以前、「HOLBEIN OPEN STUDIO」と称してホルベイン社の画材を使用した公開制作をやらせていただいたときに、この筆が衝撃的に水の含みが良くて感激し、今も大切に使っています。この紙はドローイングをスキャンした時に波打ちが出ないので重宝しています。

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―今日は長い時間ありがとうございました。

 

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