作家リレーインタビュー

作家リレーインタビュー Vol.9

2019/02/04

作家リレーインタビュー第 9 弾は、金田涼子さんから紹介いただいた宮川慶子さんです。

宮川慶子ウェブサイト:https://www.keikomiyagawa.com/

あなたの中を歩いているとII 2014年 194cm×162cm 樹脂粘土 キャンバス photo by Masako Kakizaki

あなたの中を歩いているとII 2014年 194cm×162cm 樹脂粘土 キャンバス photo by Masako Kakizaki



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宮川さんは、2016年に東京造形大学大学院 造形研究科 美術研究領域を修了され、形態に捉われず幅広い作品展開をされています。

2014年には青森県立美術館にて奈良美智さんが選ぶ若手作家選抜展「プロジェクト PHASE 2014」で個展をされていて、気になっていた作家さんでした。今回は、少し先に展示をされるということで、直接作品を拝見する前にポートフォリオを見ながらのインタビューとなりました。




河口:幅広い作家さんと出会いたいと思いながらも普段は母校の東京芸術大学の人と接することが多く、インタビューを通して様々な方と知り合うことができるのが嬉しいです。今日はどうぞよろしくお願い致します。早速ですが、近年の制作のテーマについて教えてください。

宮川:金田涼子さんからバトン受け取り、今回お会いすることができ嬉しいです。今日はよろしくお願いいたします。では、話します!

詩を書いたり、粘土でみんなをつくったり、キャンバスに毛並みのようなものや、みんなを描いています。

~~~

みんなはいつも布団の扉のかげに潜んでいて、

みんなを呼ぶと、いそいそと出てくれる。

みんなは、肩や膝の上にせっせと登ってきて、

みんなは、あなたやわたしを励まし、応援する。

~~~

これが私のつくることについてです。

ちっちゃいひと(ユニコーン) 2018年 h14cm×w19cm×d5cm アクリル絵具 石塑粘土

ちっちゃいひと(ユニコーン) 2018年 h14cm×w19cm×d5cm アクリル絵具 石塑粘土



ちっちゃいひと(謎のいきもの) 2018年 h11cm×w14cm×d11cm アクリル絵具 石塑粘土

ちっちゃいひと(謎のいきもの) 2018年 h11cm×w14cm×d11cm アクリル絵具 石塑粘土



ー:みんなっていうのは、概念的な言葉で、特に何かを指しているわけではないのでしょうか?

宮川:みんなっていうのは見えないけどいるかもしれない、全てについて。今、河口さんと話しているここにもいるかもしれない。作品の中で、わたし、あなた、みんなという言葉をたくさん使用しています。理由は、私は「わたし以外のあなた(特定人物がいない誰か)」を確認したり接したいから。

ー:宮川さんは tumblrに詩をあげていて、そこに登場するものって、猫だったりとか、ヤドカリを殺してしまったことであったりとか、現実に宮川さんが生き物の生命に直面されたものが多いように思うのですが、作品としては鹿の形で表れていますよね。

なぜそれらが鹿として表れるのか、それとそもそも、様々な過去の出来事を自分の中でかみ砕いた結果の表現として鹿になっているという理解であっているのでしょうか。

宮川:鹿「のようなもの」であって、鹿ではないです。ある作品では兎と合体していたり、足の一部は人の腕ですし。四つ足の何か。剥製の鹿を使った作品があるので、そのイメージが強いかもだけど...。

私の想像上の何かの生き物です。いつも四つ足の生き物になってしまうけども。あと人の形があんまり興味が持てないのもある。

私が歩いているあいだに 2014年 h59×w25cm×d20cm アクリル FRP photo by Masako Kakizaki

私が歩いているあいだに 2014年 h59×w25cm×d20cm アクリル FRP photo by Masako Kakizaki



ー:2013年頃に制作していた作品がお人形のようになってしまって、それを打破するために剥製を使ったとおっしゃっていましたよね。宮川さんのおっしゃる「みんな」って具体的な何かじゃないけど、それをものとして作ると「何か」になってしまう。何かにしないと作品にはならないから。その「何か」を作ってみては、物体として表現されてしまうそれを壊して次の「何か」を作っているのかなと考えていました。

「みんな」というものに対して人々が一定のイメージを定着させてしまうことを恐れて。

宮川:言われてみるとそうかもしれない。笑

ー:みんなって命あるもの?

宮川:そう。生き物。命あるものすべて。

Kingfisher 2016年 剥製 毛皮 photo by Takashi Fujikawa

Kingfisher 2016年 剥製 毛皮 photo by Takashi Fujikawa



ー:宮川さんの文章の中で「みんなは生きてるって感じるときってどんな時なんだろう?」と書かれていて、命というものがすごく制作に関わっているように思うのだけれど、命あるものに心惹かれている、それは自然なことだったのか、重大なことが起こって、そのように至ったのか。

宮川:幼い頃から私は、自分のまわりの好きな人が突然死んでしまうのではないかと不安になる時があったんです。

いつか消えちゃうのわかっているけど、それがいつなのかわからないから怖いじゃないですか。それを考えては、小学生の頃毎晩泣いていたんです。(ソファの間に挟まって泣いていた笑)

そういう感情が常日頃つきまとっていたり、大叔父が僧侶であり生死についての話が身近であったり。実際近しい関係の人がお棺に入って骨になっていくのを目の当たりにして、命あるものっていつか終わってしまうなあって。何か衝撃的な出来事があってからではなく、日常的に生死はある。私が今こうしているのも奇跡だ..。

でもふと、今生きていることが当たり前に思い込んでいる状態が怖い。当たり前であると感じられるのほど恵まれていることってないんだけど、今フッと誰か消えちゃう可能性が0パーセントではない。どう今を対応すれば良いのかわからなくなり、怖くなる。幼い頃に比べると漠然とした不安は対応と解消ができているけれど、たまーに怖くなる。生きてるからこの気持ちあるんだけどね。

ー:すると、生きていたいんですね。

宮川:はい、生きていたい。でも、自分ではなくて、自分の周りの人が元気にいてほしいという願いが強いです。他者について完璧に理解しようとしても分かることはできないものだし。突然死ぬかもしれないし、病気になるかもしれないし。気持ちもわかろうと努力するけど、相手と100パーセント同じ気持ちになることは決してできない。言ってても仕方のないことなのはわかっている。でも私はこれらについて、少なからずみんな感じていることであると思っている。

そんな時、最初に話した作品の中に出てくる「みんな」が側にいることを具体的にできたら少しでも心が豊かになるから。

ー:そういう恐れを解決するものとして様々な分身(みんな)が表れる?

宮川:そう。守ってくれるし、励ましてもくれる。

ちっちゃいひと(耳) 2018年 セラミック blanClass展示風景 photo by Naoki Nomoto

ちっちゃいひと(耳) 2018年 セラミック blanClass展示風景 photo by Naoki Nomoto



ー:宮川さんの作品の中で、お祈りがタイトルに含まれているものも多くあって、いままでお話しを伺ってきた中で人の安全、元気でいてくれることを願う、というような祈りは強い要素のように感じます。宮川さんにとってお祈りとは何なのでしょう?

宮川:あ、その文章があって、数年前の文章ですが(ごそごそ

~~~

「祈り」という言葉は、なぜか純粋さや優しさを連想させる。

しかし、これらは一方からだけ目を向けた時のもの。

別の方向から「祈り」に目を向けてみると、どうだろう。

相手が望んでいないのに願われていたり、強迫観念のように祈りを捧げられていたり。

狂気や束縛、呪縛といった人間の欲望の感情が生々しく露呈されている。醜くさえある。見えない姿に希望を見出す生き物は、おそらく人間しかいない。

毎日誰かが祈り、祈られている。病からの回復や永遠の幸福のために、苦しみから逃れるために、あるいは愛する人のために。

時にそれは愛する存在を苦しめてしまう恐ろしい狂気にも変貌していく。

まるでもうひとつの感情を持った生き物のように歩き出す。

だが、それは儚く美しい存在でもある。と私は思う。

見えないその姿をここに立ち上げたい。

(「As I pray for you and me 」「PHASE2014」より)

~~~

祈りは、愛する人のために変貌していくのが生き物みたいだと思っています。

わたしがあなたとわたしのためにお祈りしているとき 2014年 h58cm×w32cm×d15cm 樹脂粘土 油彩 剥製 photo by Masako Kakizaki

わたしがあなたとわたしのためにお祈りしているとき 2014年 h58cm×w32cm×d15cm 樹脂粘土 油彩 剥製 photo by Masako Kakizaki



ー:あー、それはとても共感します。 私自身は家は仏教だけど、基本的には無宗教という典型的日本人なんですが、大学時代にある宗教の女性たちと頻繁に会う機会があったんです。一般的な宗教ですよ、女性のシェアハウスでした。

色々と思うところあって、ある時を境に行かなくなったんですが、宮川さんの言葉に深く共感するのが、美しいなぁと思った、ということです。

自分は何かを信じることはできないけど、彼女たちは無心に「神さま」を信じていて、祈ることができて、祈ることを起点に何の接点もなかったはずの女性たちが集まって、アパートの一室で暮らしている。それって、すごく美しい。

一方で、意外なのが、今日お会いするまで、宮川さんは祈りをもっと崇高なものとして捉えている方だと思っていました。展示の仕方にしても、とても美しくて。でも実際には、「祈り」を多面性のあるものとして、中立的に捉えていますよね。どうして敢えてタイトルにつけたりするんでしょう?

宮川:作品とは関係ないけど、お祈りって結構脅迫観念のあるものだと思う。

小学生の時に強迫性障害になったことがあって、数を数えないといけない症状になったんです。そうすると何回机の角を触らないと誰かが死んでしまう、とかノート全体の厚みの半分に穴が到達するほど一度書いた文字をなぞらないといけなかったり、でも、それってそんなことしても何も世界って変わらないじゃないですか。不安のはけ口がそこになってしまった、というだけのことであって。 そういう時にお祈りって、何もないのに、人が作ったものに対して全能の存在を求めていて、滑稽だなと。それでも誰かしら祈っていて。

ー:そう思うと祈りって、矛盾を孕んでいますね。それこそ、何を何回やったら大丈夫っていう自分を助けるおまじないになっているし、でもその行為が同時に自分を苦しめる束縛行為にもなっているし。

宮川:死んだら、普通に無くなるだけだから。でも、無くなったらどうなるんだろうっていうのを考えないようにすることが心の平和を保てることだから。

ー:あえて言語化すると、心の平和を保つためには怖い事実を考えないようにする必要がある、だから祈りというものを作品の意図に据えている、ということでしょうか。宮川さんが自分が生きてるって感じる時っていつですか?

あなたのいる場所で 2016年 東京造形大学大学院修了制作展 展示風景 photo by Takashi Fujikawa

あなたのいる場所で 2016年 東京造形大学大学院修了制作展 展示風景 photo by Takashi Fujikawa



あなたのいる場所で 2016年 h545cm×w227cm×d3m 樹脂粘土 アクリル絵具 油彩 キャンバス photo by Takashi Fujikawa

あなたのいる場所で 2016年 h545cm×w227cm×d3m 樹脂粘土 アクリル絵具 油彩 キャンバス photo by Takashi Fujikawa



Paresthesia(部分拡大) 2016年 h100cm×w166cm×d60cm 樹脂粘土 アクリル絵具 油彩 剥製 photo by Takashi Fujikawa

Paresthesia(部分拡大) 2016年 h100cm×w166cm×d60cm 樹脂粘土 アクリル絵具 油彩 剥製 photo by Takashi Fujikawa



宮川:そうかもね!

幼い頃に、お祭りでヤドカリを買ってもらい飼育をしたことがあります。でも育てないと死ぬということが分からなくて、分からないのと、これを放置し続けたらどうなるんだろう、という自分の勝手な好奇心で、死んでしまったことがあります。あなたが世話しなかったから死んでしまったのよ、と母に諭された時に、初めて、自分が 自分本位に動いてしまったがゆえに、虫かごの小さい箱の中でヤドカリが貝から出て干からびたという現実が本当にショックで。その時に、死んだら取り返しがつかないんだ、と分かりました。とんでもないですね。。

ー:それって、他者に命があるってわかった時に自分自身にも命があると分かったんですか? それとも自分自身については前から分かっていたの?

宮川:動物的な行動が強かったんですね。わかっちゃいるけど、知りたい確認したい欲求が強すぎた。でも、そこから徐々に自分やそれ以外全てに命があることが理解しはじめた。小学生になり自分で調べ物ができるようになったら、全ての自然や科学には命の犠牲があって自分が存在できているんだと。知ってはいちいち泣いてました。笑

今でも私の感情の大きな部分は、涙を流すことかも。悲しい、嬉しい..すぐポロってなる。でも泣くって表現、大きくなったら人前でしちゃいけないってなりますよね。弱いなあとコンプレックスでした。なのでずっと形のない謎の「強さ」に憧れていました。そのうち、涙や怯えなどの弱い部分を隠したい、無かったことにしたいと思うようになっていた。

でも、核となる部分を理解しないで鎧のように生き続けることは不可能である。とある日理解せざるをえない状況になった。でも、本当の姿のままで大丈夫だと知れた時、視界が明るくなった。作る内容についても謎の「強さ」は消えてきました。

恐れが溶けたら、柔らかいものが多くなってきた。ドローイングや詩を展示しよう!と思えたあたりからです。

「Little by little」展示風景 2016年 photo by Taikei Kojima

「Little by little」展示風景 2016年 photo by Taikei Kojima



ありのままの私はなんでこんなに怯えているんだろう?

恐怖の対象は何もない。見えないものにそもそも恐れていた。私の存在を脅かすもの人は誰もない、それならば恐怖におびえる存在を作るのではなくて、何か支えになるものを作りたいと思うようになりました。

そうだ、文章書いてたのに隠してた!隠してるものが大切なものなんだと。

self portrait 2017年 h25cm×w36cm 衣服 グリースペンシル 鉛筆 水彩絵具 紙

self portrait 2017年 h25cm×w36cm 衣服 グリースペンシル 鉛筆 水彩絵具 紙



spontaneous(部分拡大) 2017年 グリースペンシル 鉛筆 ボールペン 水彩絵具 紙 63cm×51cm photo by Taikei Kojima

spontaneous(部分拡大) 2017年 グリースペンシル 鉛筆 ボールペン 水彩絵具 紙 63cm×51cm photo by Taikei Kojima



ー:作品の変化していく様子が、どんどん宮川さんの素に近づいて行っているような感じがします。これまでに転機となった作品があれば教えてください。
宮川:2014年の学部の卒業制作「あなたの中を歩いていると」です。

あなたの中を歩いていたい 2014年 h67cm×w28cm×d24cm アクリル FRP photo by Masako Kakizaki

あなたの中を歩いていたい 2014年 h67cm×w28cm×d24cm アクリル FRP photo by Masako Kakizaki



あなたの中を歩いているとI 2014年 194cm×162cm 樹脂粘土 キャンバス photo by Masako Kakizaki

あなたの中を歩いているとI 2014年 194cm×162cm 樹脂粘土 キャンバス photo by Masako Kakizaki



青森県立美術館の八角堂で「PHASE2014」の企画で個展しないかと、五美大連合卒業展を奈良美智さんと見に行った青森県立美術館の高橋しげみ学芸員さんからお誘いをいただきました。その後、初めて青森県立美術館に行って扉を開けたら奈良さんがいて、君の作品は誰かが見つけたり手伝ったりしないと、消えちゃいそうで弱いから、と笑ってくれたと記憶しています。2014年7月個展「わたしがわたしとあなたのためにお祈りしているとき」を開催させていただきました。「phase2014」イベント参照: http://www.aomori-museum.jp/ja/exhibition/62/index.html

青森県立美術館工藤健志さん文章: http://artscape.jp/report/curator/10106662_1634.html

「わたしがわたしとあなたのためにお祈りしているとき」展示風景 2014年 青森県立美術館 八角堂 photo by Masako Kakizaki

「わたしがわたしとあなたのためにお祈りしているとき」展示風景 2014年 青森県立美術館 八角堂 photo by Masako Kakizaki



「わたしがわたしとあなたのためにお祈りしているとき」展示風景 2014年 青森県立美術館 八角堂 photo by Masako Kakizaki

「わたしがわたしとあなたのためにお祈りしているとき」展示風景 2014年 青森県立美術館 八角堂 photo by Masako Kakizaki



青森県立美術館 八角堂 全体風景 photo by Masako Kakizaki

青森県立美術館 八角堂 全体風景 photo by Masako Kakizaki



あと!最新の転機として嬉しかった出来事があります。

2018年10月に奥誠之さん展示 SakSak#6「ドゥーワップに悲しみをみる」 (blanClass,横浜)で詩の朗読をしたことです。自分の詩を声に出して人にきいてもらう機会、そしてお互いの文章を声に出して読み合う行動が、私の血肉になりました。今まで隠していた詩を展示するだけでなく、誰かの声で発信されることは新鮮でした。

奥誠之さん展示「ドゥーワップに悲しみをみる」 blanClass,横浜 2018年 朗読風景 photo by Naoki Nomoto

奥誠之さん展示「ドゥーワップに悲しみをみる」 blanClass,横浜 2018年 朗読風景 photo by Naoki Nomoto



ー:今の作品形態とは異なりますが、それだけ転機となったということなんですね。次の質問に移りますが、どこから美術に興味を持たれたのでしょうか。

宮川:毎日 50人近くいる教室にいて、先生が絶対的権力で、声がたくさんあって、同級生がいじめられたりしている光景がこわくて、小学生の2、3年生あたりから不登校になった。結局卒業するまで、保健室登校を週1くらいにしてほとんど行かなかったんですが、登校しない代わりに母がたくさん美術館に連れて行ってくれたんです。いろいろなところへ連れて行ってくれた母に感謝しています。

2001年、横浜トリエンナーレに連れて行ってもらいました。たくさんの作品を見た時に、本人がその場にいないのに意見を発信できることが素晴らしいと感じました。かっこいいなあと。特に、草間彌生さんの「エンドレス ナルシス ショウ」。たくさんの銀の玉と海の音と光は忘れられないです。

後日だったかな、母が草間彌生さんの「無限の網」をポンと手渡してくれました。

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ー:小学生で草間さんですか、それは凄い。最近は水玉模様のイメージが先行しているような印象も受けますが、性的な刺激も強くて、超前衛ですよね。

宮川:分からない単語もたくさんあって、小学生の私にはやや背伸びしすぎな内容だったけれど、草間さんの書く文章に心が揺さぶられて泣いた。詩を自分の作文ノートに写し書きしたりと、とにかくお気に入りでした。

思春期の頃、あまり同世代と関わらなかった環境だったこともあり、ある日突然身体が変化していくこと、女性になっていくことが悪いことというか、なんだか怖くて。それこそ身体がこれ以上変わらないように祈っていました。笑 理由を全て最初に学んでたらまた違った捉え方だったかもね。

ああ、きっかけの話なのに脱線してしまった。もう一つ大きな理由がある!地元のデパートに設置されていた奈良美智さんの立体作品を毎日見てたのも、美術に興味を持ったきっかけ。身近にある大きな作品、なんかかっこいいなぁ(漠然)と思っていました。デパート行くと必ず目の前を通るから、脳みその隅にいつも残像があります。

ー:うわー、それ分かります。私、道歩いてて「男か女か分からない」って他人に怒鳴られたことありますもん(当時の写真見せつつ)。おっしゃってように、変化って「何か」になるってことじゃないですか。女性になることは不思議ですよね。

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宮川:えー!そうなんだ!!河口さんの第一印象、女の子としてすくすくと育ってきた感じする。今、完全に女性じゃん!でも学生の頃の姿と今の姿、双方とっても素敵です。

ー:あ、でもそう見えるなら本望だから嬉しい。笑

私は作家じゃないから、仕事するなら相手に違和感を持たせない、分かりやすい方がいいんですよ。これまでの重複になるかもしれませんが、アートに限定せず、影響を受けたクリエイターはいますか。

宮川:草間彌生さん 、フレディマーキュリーさん、 ビアトリクスポターさんです。

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フレディマーキュリーさんはクイーンを小学生の時にテレビのCMで聴いたのがきっかけで、熱狂的に好きになりました。日本のファンクラブに入会して、年数回来る会報を待ちわびたり、インターネットでリアルタイムでクイーンを見てきたファンの方と交流をしたり。また、神保町の古本屋を巡り、当時の音楽雑誌を収集したりした。当時の空気を理解したくて必死でした。同世代で好きな人が周りにいなかったので、ファンクラブのオフ会に混ぜてもらったり。年齢関係なく、クイーンという存在で話ができることが嬉しかった。

ー:不登校のイメージとだいぶ違いますね。笑

宮川:あはは。学校には行っていないだけで、友達とは会ってた。今でも会う。笑

学校というシステムが苦手ですね..。

フレディは何万人もの前でステージに立って表現をしている。それが神々しくて。全部が私にないものだから。大きな声、男性、ロック、全身タイツ..。全部が魅力。身体を惜しげも無く使って発信しているのが素晴らしすぎる。クイーンをきっかけに、好きなことに関してアクティブになれたから、小中学生であった私を混ぜてくださったリアルタイムのファンの方には感謝してもしきれない。

ビアトリクスポターさんのピーターラビットは幼い頃から家にあった大好きな絵本です。動物をわざとらしい愛らしさで二足歩行させてない。あくまでも、自然に忠実に描かれていることが疑いを持たずに接することができたから。現実の生き物から物語へのイメージが自然と流れ込んだ。だから(?)空想上手になれた。

あとは余談ですが、父が研究や論文をしている姿を毎日見て育ってきたこともあるかもしれない。一つのことを丹念に研究を重ねている姿がかっこいいと思っていました。時に、あまりにも研究に向かいすぎてストイックで、父であるけれど、「お父さん」というよりも研究している「先生」のような存在です。

わたしの水 2016年 ペットボトル 水 石鹸 photo by Taikei Kojima

わたしの水 2016年 ペットボトル 水 石鹸 photo by Taikei Kojima



ー:最後になりますが、今後、作家としてどのような活動の展開の仕方を考えていらっしゃいますか。今後の展望や今挑戦されていることなどありましたらお聞かせください。

宮川:自分の中にあるものをきちんと、そのものにあった形に残していきたいです。

「強くないと消えちゃう、消されちゃうと思って、鎧を分厚く着込んでいかないといけない」と思っていた時期が長い間あったけど、それって見ている方も苦痛だよね。本当は、鎧になってしまう前の弱い存在を作りたかった。

だから弱いことを隠さず、強がらない人として生きていきたい。「隠す」といつか弱いところが露出して、身体が消えてしまうから。偽ったり、武器をもつ「強さ」は自分を含めすべての人が幸せにはなれない。それをいつも思いながら、何かを作り続けていきたいです。

 ©︎gochisou photo by Nagoho Yamamoto

©︎gochisou photo by Nagoho Yamamoto






[今後の展示予定]

会期:2019 年 3 月 23 日〜4 月 7 日

個展:「他者の総和-every one-」

場所:Gallery Yukihira

http://www.yukihira.net/

 

会期:2019 年 5 月 14 日〜6 月 16 日

個展:「私」と「あなた」(予定)

場所:HAGISO

http://hagiso.jp/

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