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Column

作家インタビュー Vol.11

作家インタビュー第11弾は、やましたあつこさん。2018年に東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業、2019年1月に行われていた個展「君を名前で僕を呼んで」を見に行ったあと、アトリエにてインタビューに応じていただきました。

https://atat000x.wixsite.com/siatsuko/statement

https://www.instagram.com/siatsuko/

 

 河口:やましたさんにとって美術、制作することとはなんでしょうか。

やました:わたしは結構生活に密着してるというか、なんか絵を描く時ってこう、描くぞみたいな感じで描いて、終わった!って仕事みたいに描いてる人が多いと思うんですけど、私はON/OFFとかはなくてずーっと、ずーっと描いてる。

 

:今も、お話ししながらずっと描かれていますものね。ポートフォリオに呼吸するように描くって書いてあった気がします。

やました:そうそう、生活することの一部っていう感じ。絵が小さい頃から好きだったんで。昔は重い腰あげて描く、みたいなところあったんですけど、今は全然そういうのもなくて、ご飯食べるみたいな感じで、絵を描く。

 

:昔って?

やました:大学生の時とかはそんな感じでしたね。(作風が変わり)今の絵になりはじめたあたりからアーティスト活動を始めているっていう感覚で、その時くらいからはずっと絵描いてる。

展示だしたりとかコンペだしたりとかもしていて、卒業制作の時にずーっと描いていたんですよ。こんなに毎日描くくせに。

朝9時に起きて、12時に学校ついて、12時から12時まで12時間描いていて、12時になったら終電だ!って走って帰って3時くらいに寝て、9時に起きて、っていう生活をずーっとやっていた。そうしてる時に ”絵を描く”ってこういうことだなって。

前は絵を描くぞ!って距離があった。段階踏まないと描けなかったから、絵と自分の距離があったなと思っていたんですけど、その頃から、ぴったり絵と私の距離は縮まってきたというか。そういう風に思う。今は生活の一部、”描いてる”。

 

:私、やましたさんの絵って、辛さがないから好きなんですよ。それで、その後でポートフォリオ送っていただいて、見たらコンセプト文に「邪魔のない世界」って書いてあって、でも日常って邪魔ばっかじゃないですか。

やました:邪魔ばっかですね、本当に。

 

:さきほどおっしゃったように自分と絵の距離は縮まったとして、日常と空想の境って色々な邪魔が入って、大きな溝がある時に、その日常と空想の世界の溝はどう処理されているんですか?

やました:考えたことはなかったんですけど、確かに邪魔は多いし、ずっと幸せっていうわけにはいかないので、なんだろう、何考えてんだろ。

 

:絵を描くことは、それを考えないための行為ではない?

やました:行為ではないですね、邪魔のない世界っていうのは、話の中の二人がずっと一緒にいて、想い合える、性別も関係ない。それは人間にとって結構最高なことなんじゃないか、と思っていて。自分の小さい頃の幸せのイメージみたいなのもありますよね。ふたりの世界は邪魔はない。

空想は昔からしていて、いつでもどこでも時間があるとしたりしてる、それに慣れているから日常と空想の溝ってないかも。現実でショックなこととかももちろんあるけど、なんだろ、そういう事から絵が私を守ってくれているんだよね。

今の私にとっては二人を描いてることがわりと幸せだったりするんで、絵を描くことが一番好きだし、私の幸せと(空想の)二人の幸せはちょっと違ったりする。

 

:描くことでその世界を作りあげているのか、あると思っているものを描き起こしているのか、どちらですか?

やました:前者ですね。創りあげてますね、完全に。空想することが好きだったんで。それが現実にあるとはあまり思ってなくて。

絵を描く時に「何が自分に一番近いんだ?」とか「何が一番描きたいんだ?」っていうことを大学入ったばかりの時によく考えていて、当時は本当の意味で楽しく描けていたわけではなかったんですよ。でも芸大に通っていたし課題もあるし絵を描くのは好きだから描いていた、そうしたら大学2年生の頃にネタが尽きてスッカラカンになって、じゃあ本当に描きたいものって何だろう。それがこれ(今のコンセプト)だったんですよ。でも恥ずかしくて。

自分の物語というか空想・妄想を描いて見せるなんて恥ずかしくて、自分の1番真ん中にあるものだし攻撃されたくないって思ってた。それを見せた時に他の人が悪い反応をしたらショックで無理だなっていうのがあって、それが怖くて出せなかった。描こうとも思ってなかった。

でもスッカラカンだし、描きたいものを描いてみよう!見せなきゃいいんだ!ってコソコソ家でイーゼル立てて描いてみた。そしたら楽しくって、全然上手く描けないけどとにかく楽しかった。まだその頃は後ろめたさがあったけど、楽しいが勝ってて。

見せないつもりで描いたのに、たまたまグループ展示があったから勢いで出したら、わりとみんな面白いねと言ってくれて「大丈夫なんだ。これ描いていいんだ」って衝撃だった。この空想以外だとなんもないから、他に描きたいものもない、自分に一番近いものじゃないと嘘になっちゃうから、嘘は描きたくないと思って、本当のこと描きたいから、これにしよう、と。

それまでは普通に家族とか当時付き合ってた恋人を描いていたりして、それが一番近いかな、みたいな。自分を形成する周りの人だから、と思って描いていたんですけど、有限じゃないですか。有限だから尽きちゃうんですよね。目の前に居てくれないと描けないし、やっぱり他人だから何を考えてるのか全部は分からない。描くのが限界あるなと思って、じゃあ何が全部分かるんだろう、何だったら、私が全部分かって描けるんだろう、何を考えてて、どんな性格で、こういう時はこんな事を感じて、そういう事がわかるもの、あとどうしたら楽しく描けるのかをずっと悩んでいたんですよ。

そんな時、こういう絵を描いて。自分に近いから描いていられるし、飽きない。日々受け取ったことを何か消化して形になって出してるので、無限に描ける。

本当に好きなものを描く。これを(今のコンセプトで)描き始めたら全部変わった。絵が私をいろんなところに連れていってくれる。いろんな人がリアクションをくれるようになったし、友達も増えたと思う。コンペも通るようになって、教授とかもいいねと言ってくれるようになった、個展もやってみよう!って、それで作品も売れたり。大学2年生の時にこの出来事があったのはすごくタイミングが良かったんだと思う。

 

:群馬青年ビエンナーレ(美術コンペ)の設営で、前日までドキドキしていたけど、絵が楽しそうにしてくれている、とおっしゃってましたけど、それこそまさに分身っていう感じなんですね。

やました:そうですね、分身。おしゃべりしてる感覚に近い。絵を描いてるときも、キャンパスを地塗りして作ったりしているときも、おしゃべりして描いてるみたいな感じ。

展示の設営は緊張するんですよ。いっぱい描いているし、しかもその場で展示する作品も決めるので、描いた作品を全部持ってきて、一回床に並べてから一個ずつ組み合わせて設営していくから計画的じゃないんですね。

だから終わるか分からないし、組み合わせが合わなかったりして設営できなかったらどうしようっていう不安はあって、展示する前は心配になるんですけど。

でも、作品が並ぶと、作品の方から大丈夫だよ!みたいな。飾られて嬉しいなぁ、いい景色だしこっちは大丈夫だよ。って。

あれ?私すごい心配したのにこいつらすごい楽しそーみたいな。心配して損した。でも毎回そんな感じ笑

 

:木だけの絵とか星だけの絵があったり、あとは最近ですかね、木の角の生えている子がいたり。その辺の生命の違いってあんまり意識してない?

あんまりないですね。描いてるものっていうよりは、描きたいのは、人が感じる心の動きみたいなのが描きたくて、好きだから寂しいとか、好きだから幸せだけど、なんか虚しいとか、そういう感情の動きとかを描きたくて二人を描いている。だから女の子でも男の子でもない。女の子にみんな見えるけど、性別はあんまり意識してなくて、だってそっち(感情の動き)が重要だから。

絵具と喋ってるっていう感覚があったり、この二人とも会話はできるし。物語をなぞって描いていて、その中のシーンで星があったり、木があったり。

 

:すべての作品をまとってる雰囲気が柔らかくて、愛情深くて、優しいです。

やました:やっぱ好きだからですかね。描くのも、物語も。前は画面的に強い作品を作っていたんですけど、そうじゃなくて内面的・内容的な方が私は大事。

 

:赤と青って最近は違ってきてるとは言え、ストレオタイプ的に男女を示すじゃないですか。何で赤と青で描くんですか?

やました:なんでだろう、私も分からないんですよね。単純に赤は好き、青も好き。そういうシンプルな理由かな。空想の中で出てきた時にすでにそうだった。

 

:それらって必ず絵として表れるんですか?物語として文章として出てきたりは?

やました:文章として出てくることはあるけど、絶対に見せない笑

すごい言われるんですよ、そういうの見せないのか、とか言われるんですけど、私の話を聞いてくれっていうことじゃなくて、個人個人で感じて欲しいから、私はこういう話を書いてますって提示しちゃうとそれになっちゃって、それ以上考えなくなるなと思っていて、それは死んでから見つけてください笑

 

:燃やしてから死んだ方がいいんじゃない?笑

ちょっとしたステートメントの文章も比較的詩的なイメージがあって、そこは繋がりあるの?

ステートメントは作っているけれど、でもそのステートメントを読んでも話の全貌はあんまり分からなくないですか。ふたりの関係だったり、私が客観的に見てる二人みたいな感じなので、そこは見てもらっていいかなと思う範囲でステートメントは書いてる。

 

:こんな二人だけの世界って羨ましい。

やました:羨ましいですよね。

 

:すごい羨ましい。洋服も着ずに、ただ生命として生きてるのが羨ましい。さて、次の質問に移りますが、転機となった作品があれば教えてください。

やました:みんな褒められたいとかあるじゃないですか、絵がいいねって言われたいとか。でもそういう邪念って考えれば考えるほど絵が悪くなる。人目を気にして絵を描いてると、全然楽しくないし、結局自分の描きたい絵じゃないんですよ。で、なんか絵が描けなくなる。何を描きたいかわかんない、みたいな。そういう気づきをもらった作品。

これがほんとに最初のころで、先程話したやつですね。スッカラカンになって、どうしよう、先生に褒められたいけど何を描きたいかわかんないしって、ちょうど2年生が終わる春休みで長期休みだったから、もう好きなことしようと見せる気なく描き始めた。その時の絵。

それ以前は、予備校・大学と課題を出されてそれに応えることを繰り返しているうちに、自分の描きたいものがわかんなくなっちゃって。焦ってましたよね。芸大入って、入ったら放任。みんな期待して入学すると思うんですけど、芸大に。実際は全然そういうのじゃなくて、自分で探さなきゃいけないし、入ったからって何かあるんじゃなくて、考えなきゃいけないし悩まなきゃいけないし。めちゃくちゃ焦ってましたね。

 

:作家として有名になることがいろんな人に見てもらう手段だから、私は作家になるならやっぱりある程度見てもらえる立場にいくべきだと思うんですが、でも、ほんとにピュアさを求めるなら、職業作家にならない方がいいという選択もある。そこは悩まずに絶対作家と思ってたんですか?

やました:絶対作家。好きなことをして生きていきたいから、後者だと絵を描くために何か他のことをして稼がないといけないじゃないですか。作家になりたいし、自分が思ったこと、自分が生きてた事を残したい。描いて作品じゃなくて、人の手に渡って作品だと思ってるから。売れなかったりしたら、それはただの絵で作品じゃないから。

絵が売れたら嬉しいし、見てもらっていいねと言われたら嬉しい、それはいい事だと思うし、ピュアかピュアじゃないかは、本人次第だと思う。

 

:やましたさんは、見る人には好きに見てもらえれば、っていうスタンスだと思うんですが、今日も私が色々思ったこと言ってたら、うんうんそういうの聞くの楽しいからどうぞって。でもほんとに勝手なこと言われていいんですか。

やました:見てもらうのは自由だし感じてもらうのは自由だし、それを強要するのは違うと思うけど。嫌いだと思われても別にいい、ネガティブな事を言われてもそれはその人の意見だし。私は自分の作品の1番の味方だから、いいですねと言われればそれは嬉しい。

絵を通して何かを気づかせたいっていうのはないけど、美術予備校で先生やってるから、そういう子たちに自分は絵を描いていて、個展したり、コラボでこういう絵の仕事もらったりしてるよって活動してるのを見せたいんですよ。みんな不安なんですよ。美大は行きたいけど、アーティストになるためにはどうすればいいかわからない。美大入ってからってすごく謎じゃないですか。みんな一度入ってから絶望すると思うんだけど。そういうのを無くしたいというか、自分の生徒には見せたくて、絵で食っていけるんだぞって作品っていうのは売れるんだぞって。半分くらいはバイトだけど、半分は絵で稼いでるから、まだまだだけど、そういうのを見せたい。

私の先輩はそういうの教えてくれなかったし、卒業したら何してるのか分からないっていうパターンが多くて、それも怖かったし。みんな何処に吸い込まれていってるんだろう?!って。

 

:それはほんとにそう。あの人は今?!状態は美大あるあるですよね。

やました:それをそうじゃないんだ。って見せたいんですよ、私は。

責任感じゃないけど、なんで頑張れるか、去年はコンペ出しまくって、卒制なのに個展もやって他の展示も出して、なんでそんなに動いてるの?って言われたけど、なんでっていうと絵を買ってくれた人たちに恩返ししたいし、生徒には、希望を見せたい。

こういうやり方があるんだ。とか分かるじゃないですか。個展とか展示をしたら活動しているんだなって、賞を取ったら自分が買った絵が少なからず評価されているって絵を買ってくれた人も嬉しいじゃないですか。そういうことで、なお頑張れる。基本頑張りたい。それは最近思っている。前は本当に誰も私のこと知らないから、とにかくがむしゃらにやってたけど、頑張る理由は前より少し変わったというか増えたというか。

相談されるんですよ、生徒に。私は私がわかる範囲で全部答えるけど、予備校って絵を教えてもらって「作家になるにはどうしたらいいんですか」って先生に聞いたら、先生はアーティストじゃない人だから答えられない。とりあえず描けよ、って言われる、それって不思議だし嫌じゃないですか。

 

:いい。先生が頑張ってるってすごい重要だと思う。どこから美術に興味を持たれたのでしょうか。

やました:物心ついたころから。それ以外にない。いいんですか、こんなんで。笑

 

―:すごくいいじゃないですか。笑

好きから始まって、いろいろ葛藤あったかもしれないけど、好きのまま、それも呼吸をするように自然に好きで今いることが素晴らしいなと。

やました:好きですねー、絵がなくなったらつまんない。絵がなくなったら人生どうしようとかじゃないけど、なくなったら普通に人生つまんないと思う。

 

:自分は人間がすごい好き、人類って何だろうってところからそもそもは始まって、美術に来たんですけど、美術を通していろんなものを見ることができていて、美術やってなかったら何やってたんだろって思いますよ。

やました:ニートじゃないですか。

 

:ほんとそれところで、アートに限定せず影響を受けたクリエイターはいますか。

やました:あんまりいないかも。好きな作家とかはいますよ。でも、影響を受けたっていうほどの影響はどうかな。

自分が生活していく中で、いろいろ影響を受けて今の自分や作品があると思うので、コレというのはあんまりないかな。映画見たりとか海外行ったりとか、日常の体験が強い、そういうのじゃないと。

映画は『ぼくのエリ200歳の少女』とか。個展の展示名も映画の題名使ったりするし。ぼくのエリは人間とバンパイアだけど、同性同士とか、ちょっと違う人の恋愛、その中で生まれる感情の動きとか好き。

 

:最後になりますが、今後作家としてどのような活動の展開の仕方を考えていらっしゃいますか。今挑戦されていることなどありましたらお聞かせください。

やました:有名なアーティストにはなりたい、それはずっと目標。個展も展示もしたいし、やったことない場所でも展示がしてみたいし、商品のパッケージデザインとか陶器の絵付けとかやったけど、本の表紙もやってみたい。

みんなが思うアーティストって絵一本とかかもしれないけど、私はいろんなことやってみたくて、作品として展示とか個展もやりたいし、プロダクトデザインもやってみたいと思ってて、そういうのできたらいいな。自分を知ってもらうきっかけとしてそういうことはやりたい。実際の作品を見てもらうのが一番だから、最終的に作品を見に来てもらいたいな。

今年語学留学したいと思ってて、海外去年5か国くらい回って、英語の重要さ感じて、短期でも行きたいなと思ってる。そしたら海外もレジデンスも行けるかなって、そんなこと考えたりしてます。

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