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アートコラム

    アジアで活動する現代美術家、 山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。   第5回「ひと息と回想」     約1年間のポーラ財団の在外研修を終え、日本に帰国してきた。(杭州10ヶ月、台湾3ヶ月。)帰国して横浜の実家に戻り、1年ぶりに本当の意味でひと息をついた。私は物心がついた頃からこの家に住んでいるけれど、長く家を離れて帰ってきた時はいつもこの場所を新鮮に感じる。「この机以外とお洒落だな」「トイレこんなに小さかったけ」「この花瓶こんな模様だったんだ」来客のような気分。家族と、猫と、そして二世帯住宅で祖母も一緒に住むこの家には、至る所に染み付いた匂いや記憶、聞き慣れた足音、ガラス越しに編み物をする手、1年前と変わらず平和に響いている。変わったこともたくさんある。弟が家を出て一人暮らしをしたこと、その部屋が父のギター置き場と化していたこと、壊れかけていた蛇口が新調してあったり、ペットの猫が太っていたり。些細な変化に気づいていくうちに、来客気分は徐々に消えていき、だんだんと現実感が増していく。逆に、つい先日までの台湾の暑い日差しや、杭州の静かな湖の景色がまるで夢だったかのように遠のいていく。人というのは不思議で、自分が今いる場所が現実で、別の場所で起きている別の現実に対しては、案外簡単に臨場感が消えてしまう。昔あんなに好きでやっていたことをパッタリとやらなくなったり、絶対にこうだと思っていたことに全く執着しなくなったりというのも、環境が人を変えていく、ということが大きいのかもしれない。気候も文化も異なる地を移動するたび、外の世界が私をころっと変えてしまう感覚を知る。自分というものがいかに自分でコントロールできない無力なものかということを体感する。無力さと旅は常にセットだ。     そういった経験も踏まえ、昨今国内外で活発なアーティストインレジデンスは、アーティストが自身の表現に新たな風穴を開けるきっかけにとても良い環境だと思う。新たな人や素材との出会いが自然に生まれること。文化や言語の壁にどう向き合うか。当たり前の生活が当たり前にできないからこそ、当たり前ってなんだっただろうか?と根本的問いを考えはじめることができる。そうして日常だと思っていた場所に帰ってきたとき、それが実はへんてこなことであったり、尊いものだったということに気づくことができる。     そういうわけでここ日本から、先日までの台北国際芸術村の3ヶ月間のレジデンスを回想してまとめてみようと思う。レジデンスに参加したアーティスト目線のレビュー(日本語)が意外とネットに少なかったので、これから台北国際芸術村にレジデンスを考えているアーティストの方をはじめ、興味を持っている方や、アーティストインレジデンスって何?という方の知るきっかけになればと思う。またアーティストのみならず、キュレーターやフォトグラファーなど運営側のインターンも行われているのでそちらに興味のある方にもオススメできる場所だ。   ウェルカムパーティーでの自己紹介の様子 (台北国際芸術村)   まず台北国際芸術村のレジデンスは2箇所ある。市内中心部にある「台北国際芸術村(Taipei Artist Village 通称TAV)」と、やや郊外の「寶蔵巌国際芸術村(Treasure Hill Artist Village 通称THAV)」だ。私は後者のTHAVに申請し滞在した。どちらも毎年公募か、あるいはアーティストの滞在交換プログラムがあるようだ。日本からはBankARTなどが提携していて、毎年1組づつ、台湾のアーティストが日本へ、日本のアーティストが台湾へ行き、制作を行うというアーティストの交換プログラムが行われている。申請から滞在まで1年ほどかかった。平均2〜3ヶ月の滞在が可能だ。    台北国際芸術村(TAV)   TAVは、THE 都市!という感じのモダンな環境。滞在部屋も立派で、広い部屋だと50人は入れそうな講義室くらいある。ダンサーの方なら部屋で稽古ができそうだ。施設内にはダンスホール、音楽室、写真用の暗室と機材一式など申請すれば使用できる。展示会場、カフェ、その他様々充実している。また都市中心部なので材料調達もしやすく移動も何かと便利。都市部でリサーチなどを行う人や施設内の設備を日常的に使用したい人はTAVが最適だと思う。   アーティストトーク前の様子(TAV)   THAVはTHE 村だ。30分あれば一通り回れる広さ。入り口にお寺があり、毎回門をくぐって中に入る度、なんだか神聖な気持ちになる。元日本軍の軍事施設だった場所で、シェルターなども残っている。(現在はギャラリーとして使用されている。)村の中にはカフェ、雑貨屋、歴史資料室、木工室(申請して機材が使える)、自作カメラ屋、ゲストホテル、台湾作家たちのスタジオ、ギャラリースペース、アーティストの住居、そして90年代から住んでいる地元住民もいる。訪れるだけで歴史や自然を感じられる場所だ。滞在部屋は私の部屋が一番広かったようだが、(H)2m*(W)1.5mの平面作品を頑張れば2〜3点同時並行で制作できるくらいの広さだった。ものすごく大きな作品を作るのは難しく、工夫が必要だ。機材や過去の滞在作家が寄付していった備品などがストックしてあり使用可能でとても助けられた。徒歩5分で市場やコンビニ、年中無休の路上屋台があり暮らしやすい。中心部までメトロで5~6駅なので不便さは感じなかった。   寶蔵巌国際芸術村(THAV)   安全面、生活面の心配は特になかった。TAV、THVAどちらもキッチン、トイレ、シャワー、洗濯機、給水所などしっかりとした設備があり、守衛さんが24時間滞在してくれている。何より運営の方々が本当にしっかりしていて驚いた。時間厳守、道具の管理、日本より几帳面!?と思うことも多々。TAV、THAV合同で定期的にミーティングやトークがあり、ウェルカムパーティー、住民とのカラオケ会(野外で笑)、また私は秋滞在だったのでお月見BBQ会を開いてくれたりと、ありがたいセッティングがたくさんあった。人との交流が自然と生まれる場所であり、かつプライベートな時間はしっかりととれる、とても良い環境だと思う。   Tintin patrone パフォーマンスの様子(THAV)   アーティストは滞在最後に展示を開催することができる(しなくても良い)。私の会期ではTAV滞在作家はTAVでグループ展、THAV滞在作家はTHAVでそれぞれの個展を企画した。パフォーマンスやワークショップも、提案すれば日程や場所を調整して運営の方のサポートの上行うことができる。同時期に滞在していたパフォーマーのアーティストは、台北国際芸術村公式Facebookなどでワークショップの告知をしたところ20名ほど集まり(台湾の遠方から来る人もいた)、彼らと一緒にパフォーマンスライブを実現するなど、現地の人たちとレジデンス施設で作品を作り上げることも可能だ。   張翀 個展(THAV シェルター)   Yasen Vasilev 個展(THAV Crossギャラリー)   山本愛子 個展 (THAV Frontier ギャラリー)   長谷川寧 (TAVギャラリーグループ展)   また、アーティストのみならず国内外のキュレーターのインターンも活発に行われている。アーティスト同士の交流が行われるレジデンスは多いが、若手キュレーターとアーティスト間の交流があるのは台北国際芸術村の魅力の一つだと思う。私の滞在時は、台湾、北京、マレーシア、イタリアからインターンに来ていた方がいた。今回私はTHAVで個展をさせていただいたが、その個展に関するインタビューをインターンの若手キュレーター達が自主的に作ってくれた。興味ある方は是非こちらから(英語、中国語)。こういう横のつながりができることはお互いにとって嬉しいことだ。私たちの世代がどんな未来を作っていけるだろうと、わくわくさせられる。芸術や文化を通して交流をし、互いに学び、それを作品という形でまた他の人へと届けていく。このような文化的活動の中で表現を深めていくという行為。これからも続けていきたいと改めて思った台北滞在でした。         以上、ざっくりですが、滞在して感じたこと得たことなどを共有してみました。このコラムもかなりマイペースにやらせていただいていますが、ひとまず残すところあと1回となりました。来週からは、展示のためまた少し中国上海へ行ってきます。同時期に上海ではアートフェアが行われるようなので、次回はそのあたりをコラムで触れられたらいいかなあと思っています。(が、気が変わる可能性も大です。)それではまた、どうぞお付き合いくださいませ。     筆者プロフィール 山本愛子 Aiko YAMAMOTO 作家 ウェブサイト http://aikoyamamoto.net 1991年 神奈川県生 2017年 東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了 2018年-2019年 ポーラ美術財団在外研修員として杭州に滞在  

    アジアで活動する現代美術家、 山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。   第4回「記憶という糸、歴史という布」   私はいま台北宝蔵巌国際芸術村いる。ここに来て早1ヶ月半。灼熱の太陽、虫の音が止むのは夕立のときのみというほど、生命の活気が日々全身に染みわたるような土地だ。台北国際芸術村のレジデンスプログラムの一貫で、私はここに3ヶ月間スタジオ兼住居を提供していただいている。9月の台北での個展に向け、滞在制作折り返し地点というところだ。   宝蔵巌国際芸術村 Treasure Hill Artist Village   ここ数ヶ月、私は「記憶」にまつわる旅をしている。というのは、現在私は展示に向けて「記憶のタペストリー」を作っていて、それにまつわるリサーチや素材集めを行っている。また、先月初めまでは「記憶の痕跡」というテーマの授業を中国美術学院で行っていた。   中国美術学院での授業の様子   授業内容は、簡単にいうと布と染めを使って皆で遊んで学ぶというもの。染色をしていると、環境をよく観察するようになる。授業のある日、晴れたり曇ったりと不安定な天候の日があった。皆で雲の動きを見つめ「次の雲が去ったら15分くらいは晴れそうだね」などと会話をし、そのタイミングを見計らい布を日光に晒しにいく。他者と一緒にじっと雲を見つめるというシンプルな行為。大人になるといつしか「普段やらないこと」になっているのではないだろうか。   雨の日は、雨の日にできることする   光の記憶、大地の記憶、空気の記憶。自然の力で染めた布は、それら記憶の痕跡。自然現象と触れ合いながら制作をするという尊い時間を他者と共有できたことに、授業の価値があったのだなと思う。   成果展「記憶の海」搬入の様子   そして今、私のいる宝蔵巌国際芸術村。この芸術村はかつて、日本統治時代に日本軍の軍事施設だった場所である。戦後、台湾にやって来た国民党軍がそのまま軍事施設として利用。70 年代、軍の撤収後も老兵や退役軍人が住み着いた。80 年代に存続の危機があったが反対運動が続き、2004 年に正式に歴史的建築物として登録、集落の保存が決定。2010 年に住民と芸術家が共存する国際芸術村になり、今に至っている。   宝蔵巌国際芸術村 Treasure Hill Artist Village   今日こうして平和な環境の中で制作活動ができていることに重みを感じる場所だ。今が大きなうねりの果ての最先端ということを実感し、これからのためには今何ができるだろう、ということを自然と考えされられる。私以外に10名ほどの国内外アーティストが滞在し、期間中にトークや交流会が盛んに行われている。   台北国際芸術村 滞在アーティスのトーク等が定期的に行われている     先週、台湾原住民タイヤル族の住む清泉部落に行ってきた。タイヤル族は麻織物が有名で、その制作過程のリサーチを目的に訪れた。車窓から美しい山々が見えてくると、自分の心身が喜んで呼吸しているのを感じる。   清泉部落   タイヤル族の部落で出会った同年代くらいの女性が、私が日本人だとわかると、鳩ぽっぽを急に歌い出した。え、なんで知ってるの?と聞くと、よく祖母が歌ってくれたからだそう。年配のタイヤル族の方には日本語が流暢な方が多く、私を見ると嬉しそうに日本語で話しかけてくれるのです。   タイヤル族と共に、布を羽織らせてもらった   布を織り、ご飯を食べ、ギター1本を囲い歌ったりと、何とも素敵な時間を過ごした翌日、帰り際に山郷にある民族記念館に訪れた。そこには日本人による慰安婦などの負の歴史も残っていた。 今日という日までに、一体どれだけの人が理不尽に傷つき悲しんだのだろう。アジアの美しい暮らしに触れるたび思うのは、そこには負の影が表裏一体ということだ。           部落から台北へ戻る道中、特急列車でひとりぼんやりと、美しい山奥でパッタンパッタンと布を織っていたタイヤル族のおばあちゃんを思い出す。そしてふと、 個人の記憶が糸だとしたら、その糸で織り成した布が共通の歴史なのかなぁ、などと考えた。 おばあちゃんは「織りの基本になる糸の成り立ちを知ることが最も大切」と言って、植物が糸になるそのプロセスを私たちに一番念入りに教えてくれた。タイヤル族は、カラムシの茎から麻糸を作る。    カラムシの茎を刈るタイヤル族のおばあちゃん   私たちは山を分け入り、野草のカラムシが生えているところまで歩いていった。 炎天下の山懐で、カラムシの葉っぱをちぎって食べてごらん、すりつぶして肌に塗ってごらん、とタイヤル族が私たちに教えてくれた。言われるままにやってみると、葉は薄味だけど、ちょっと粘り気があって噛み応えがあった。カラムシは糸にもなるし、食物にもなるし、虫除けや塗り薬にもなる。糸になる前の植物は、様々な可能性を秘めている。     個人の記憶が糸だとしたら、糸になる以前の植物自体が個人そのものなのだろうか。 今を生きるあなたや私も、野草のカラムシなのかも、と妄想した。     生成される糸の質感は、カラムシの茎の長さや太さによって様々だ。それは、風土がどのようにその茎に影響をもたらしたか、という背景である。 様々な風土の記憶を持つ無数の糸が織り重なり一枚の布が出来上がる。布を構成する一本一本の糸を見つめ、その糸がかつて植物だった頃のこと、当時の土の匂いや燦々とした陽光を感じとることは、まさに歴史を紐解く行為だ。   うろ覚えの鳩ぽっぽを笑顔で歌ってくれる目の前の彼女に対し、なぜ歌えるんだろう?という好奇心を向けたとき。理由を知り、彼女の祖母の歌声が重なって聴こえるような気がしたとき。この糸はかつてどんな植物だったんだろう、どんな大地に生まれたのだろう、と想いを馳せたとき。遠いと思っていた歴史が、ぐっと近づき自分事になってくる。         筆者プロフィール 山本愛子 Aiko YAMAMOTO 作家 ウェブサイト http://aikoyamamoto.net 1991年 神奈川県生 2017年 東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了 2018年から現在、ポーラ美術財団在外研修員として杭州に滞在中。

    中国 杭州に滞在する現代美術家、 山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。   芸術の季節 - 南京・杭州にて   月1を目処にコラムを執筆する話だったが、6月分を更新できておらず、怒涛の月日が過ぎ去っていたのだと気づく。中国の5月末~6月は展覧会シーズンだ。ものすごい数の展覧会やアートイベントがあちこちで一気にオープンする。私もこの時期にいくつかの展覧会やプロジェクトに関わったので、前半/後半に分けて記事にする。前半では、この時期に私が参加した3つの展覧会を通して中国アートシーンの一片をご紹介できればと思います。 24時間美術館(南京) まず、5月末にオープンした南京24時間美術館での展覧会“罗曼蒂克的写法”について紹介したい。(現在も展示中、10月30日まで)。去年末から水面下で進めていたものだ。杭州で出会ったキュレーターの宋振熙(Song Zhen Xi)氏からのお誘い。近年、彼の名を見ないことがないほど、中国で精力的に活動している若手キュレーターである。彼は一体何人いるんだという仕事っぷり、聡明でチャーミング、そして一児の父でもある。戦っている人だなあと思う。 アーティスト達と話すキュレーターの宋振熙(Song Zhen Xi)氏(右) 宋振熙氏の企画展 “罗曼蒂克的写法”(和訳:ロマンスのえがき方)、彼がセレクトした5名のアーティストが個展形式で展示をする。一般的な美術館とは異なり、広場にガラス張りの建物が点在していて、いつでも市民にオープンに向けられているのが特徴だ。展示オープニングではパーティーで交流を楽しみ日暮れからツアーを開催した。 古师承(Gu Shicheng)《RICH SHOP》 富と名声を虚しいロマンスと捉えた「RICH SHOP」24H営業のコンビニエンスストアをイメージした空間でハイブランドを皮肉ったパロディ商品を販売している。   王玮珏(Wang Wei Jie)《够了 - Enough》 全て羊毛でできており、ニードルを刺し続け羊毛を縮絨させるという労働(暴力的な)によって制作されている。この写真だと見えないのだけど奥にダブルベットがあり、ひも状のものがへその緒で、その先に赤子が浮いてるという空間。   王海龙(Wang Hao Long)《DVD的爱》   刘影(Liu Ying)《蝴蝶飞不过沧海》    山本愛子《幻影風景》 私は「現実を見据えた奥にある幻想」というコンセプトで、日々の騒がしさでかき消されてしまう自然現象に感覚を向けることを鑑賞者に促した。そこから見えてくる原始的な風景を、今回の展示では”幻影風景"と呼んだ。   象山芸術公社で行われた第1回浙江国際青少年アートウィーク会場の様子 南京と同時期にオープンしたのが、杭州で初めての芸術祭「第1回浙江国際青少年アートウィーク」だ。中国美術学院の卒業制作展と若手作家による芸術祭がミックスしたようなイメージである。五四運動の100周年記念企画で、3000名以上のアーティストと美大生が参加した。大規模すぎてどこから紹介したら良いかわからないので、私と同じ展示会場で私の好きな作品、そして鑑賞者からも人気があった2名のアーティストの作品を紹介する。 刘帅(Liu Shuai)《無愛想な演奏1 / Unaffectionate performance1》   刘帅(Liu Shuai)《無愛想な演奏1 / Unaffectionate performance1》 摩擦と振動によって音が鳴るキリギリスの羽。各キリギリスに大きさや重さの異なる銅箔を装着することで音のピッチを変えている。共鳴する習性があるため、展示会場では不規則に彼らのコーラスを聴くことができる。     刘帅(Liu Shuai)《無愛想な演奏2 / Unaffectionate performance2》 電気ウナギが金属の棒に触れた時、体内の電流によって音が生じる仕組みになっている。     刘帅(Liu Shuai)《大槐安国 - 消化から生産まで / Huai’an State - from Digestion

    中国 杭州に滞在する現代美術家、 山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。     静かな中国 - 杭州の芸術家 杭州に来てもうすぐ9ヶ月目に突入する。世界遺産の西湖を中心に広がっているこの街。中国7大古都の1つで、多くの文化財が現存する風情ある土地だ。私と湖との初対面は日暮れ時だった。水面は音もなくたふたふと揺れ、夕焼け空をうつしたゼリーのような光沢がぬらぬらとしている。海や川のような流動感はまるでない。この静寂閑雅な光景が、人に言葉を紡がせるのだろう。詩人や芸術家に愛された湖というのにも納得がいく。   私の制作スタジオは西湖一帯から南にバスで小一時間ほど下った土地。「白塔岭(バイターリン)」というビルの一室だ。山頂に位置しており、私は中古電動バイクの充電を日々気にしながらガーっと登って通っている。左右に見える二棟の全室が、現在13名ほどのアーティスト達で埋まっている。空きビルだったところに、この1~2年の間でアーティスト達が一気に移動してきたらしい。その前までは市内中心地にスタジオが密集したスポットがあったのだが、家賃の高騰と共に今は全員撤退。「最近のブームはこの辺だよ、まだ家賃が安いから広いスペースが使える」と地元のアーティストが教えてくれる。どの地でもアーティストは穴場の開拓が上手いなぁと思う次第。 それではこの白塔岭スタジオを少しのぞいてみましょう。   一室で絵を描いているのは、潘子申(パン・ズーシェン)さん。彼女の作業場は、何やら小さなもの達でにぎわっている。棚にはスケッチブックが山積みになり、その上には不思議な形のオブジェがちょこんと重石に。何かの機械を分解したパーツが机に散らばる。小箱達に詰まっている漢方薬。点在する陶磁器、小岩、流木。空きビンに野草のドライフラワー。部屋というより小さな庭に来たような気分だ。   巨大な山脈か、あるいは骨のようにも見える何かを描いている。彼女はこれを「身体の地図」だと私に話してくれた。   《作为承载的身体》2016年 人骨と共に描かれているのは薬草だ。なんとなしに描いているわけではなく、薬草の効能と身体の箇所の関係に基づいて描かれているというので驚いた。なんと神秘的な身体の地図!中国医学の神とも言われる人物「神農」からも創作の着想を得ているそうである。神農は、農業、薬草、医療に尽くした人物。伝説によれば神農の体は頭部と四肢を除き透明で、内臓が外からはっきりと見え、その自らの身体で薬草と毒草を検証した。もし毒があれば内臓が黒くなるので、そこから毒が影響を与える部位を見極めたという。   《松果在你的眼睛,海马在你心》2016年 私はこの作品たちがとても好きだ。なぜだろう。一つはおそらく、絵であり図であるところが良いのだろう。絵の魅力が右脳を喜ばせ、図の説得力が左脳に思考を始めさせるような、そんな感性と理性を兼ね備えている。「漢方薬の歴史の中で、薬の効能は歴史ごとに異なって語られてきた。例えば、万年茸が死人を蘇生することができるとまで言われる時代もあった。」と潘子申さんは言う。肉体と精神の自己回復。病は気からという言葉が今もあるように、薬草の効能と人間の「気」や「意識」が混じり合うことで、古来の人は身体を回復させてきたのかもしれない。古来の伝説というものは大抵が摩訶不思議に聞こえるが、科学が進歩した現在だって人間の精神と身体は相も変わらず神秘に包まれている。人は人についての全てを知ることができない。未知を探求する人間自体が何より未知の存在なのだ。彼女の作品は、現代人が忘れかけている未知の存在への畏敬の念を自然と呼びかけるようだ。   描く姿をしばらく見させてもらって気づいたことがある。彼女は、描く時間と同じくらい描かない時間をもつ。キャンバスに手をそえたり、絵を見つめたり、空中で手をゆっくりと動かしたりと呼吸のようだ。独特の時の流れのなか、小さな刺繍を好む彼女の服が揺れる。物静かに微笑む表情がそれによく似合う。キャンバスの上で医学も美術も区切りがなくなっていき、ただ彼女らしさがそこにある。   さて、その隣のスタジオからは、彫刻刀の音と共に木屑の良い香り。大水曾淼(ダーシュイ・ツェンミャオ)さんが木を彫っている。このスタジオが、本当にセンスに溢れているのだ。置いてあるもの一つ一つにこだわりが見える。ここで彼女が作っているのは中国古来の楽器、古琴(クーチン)。3000年以上の歴史を持つ、中国人が古くから愛好した音楽遺産。私は中国に来るまで古琴を見たこともなかったけれど、日本の箏よりシンプルな印象。日本の箏は13弦に対し、古琴は7弦の絹糸で作られる。   曾淼さんは中国美術学院で油絵科を卒業している。美大で絵を学んでいた彼女がどうして今、古琴を作っているのか?単純な疑問が湧き単刀直入にそれを尋ねてみた。まあまあ、と彼女は漆黒の小さな陶磁器を木のテーブルの上に並べ、中国茶をゆっくりと淹れてくれた。体内に染みわたる。きっかけは学部生の頃に古琴の演奏を習い始めたこと。その当時に先生が仰った言葉がある。「古琴の楽譜は古代のもので、奏者はそれを学ぶ。古琴の楽器自体は、奏者にとって買い物にすぎない。楽譜と楽器は別々の分野にある。」それを聞いた彼女は、楽譜と同様に楽器自体も学びたいという想いになり、独学で古琴の制作をはじめた。   手仕事は美しい。彼女の美しく無愛想な手が生み出した古琴の音色。その音に惚れこむ奏者達が山頂の辺鄙なスタジオまで買いつけにくる。独学でここまで作れるの?と私が驚くと「本を読んで手を動かした」とサラッと言う彼女。「絵を描くことも楽器を作ることも自分にとって同じこと、ただ好きなものを作っている。」   「神奇秘譜」と表紙に書かれた不思議な本を見せてくれた。なんとこれが古琴の楽譜!漢数字が弦の番号を示していて、そのほかが手の動きなどを表しているそうだ。曾淼さんによれば、古琴の楽譜には五線譜のようなテンポやリズムが無いらしい。奏者がこの譜をどう読むかに委ねられる部分が多く、同じ楽譜でも演奏は十人十色ということだ。確かに読めないなりにも五線譜とは全く異なる構造であることは伝わる。眺めているだけでかっこいいが、やはり読めなければ音は聴こえてこない。彼女にはこれが読めて、音が聴こえているんだなあ。   ある冬の朝、スタジオで曾淼さんの演奏を聴かせていただいたことがある。山頂の白塔岭スタジオは静寂に包まれていて、凛と冷えた空気のなか古琴の音が響きわたる。一曲は15分ほど、その大半が余韻なのだ。弦が弾かれ音が空間に消えゆくまで、まるで絹糸という動物の鳴き声を聴いていたような感覚。余韻の最後まで音の行方を感じとろうとすると分かることがあった。音が空気を振動させているということ。その振動に明確な区切りはないこと。西洋の12音階のように区切って音程は語れない。フォルテやピアニッシモのように音量を規定することもできない。リズムを一定に刻むこともない。生の音が空気と共に鳴いている、と言い表せば良いのだろうか。東洋の音に対する感覚は言語を超えた先、沈黙の領域にあるのだろう。素人ながら私はそんな芸術の時に触れた気がした。   絵と古琴。色も、音も、その手を介せば彼女の化身となる。好きなことに向き合う手、帰り際にはいつも旬の果物をお土産に、私の手の上にポンとのせてくれるのだ。     潘子申 1984年浙江省台州生まれ 2007年中国美術学院油絵科卒業 2014年中国美術学院インターメディア科修了 WEB記事 https://mp.weixin.qq.com/s/ALqcqiGOv504I-DSM9yP0g   大水曾淼 1984年江西省生まれ 2007年中国美術学院油絵科卒業 2005年から浙派郑云氏の元で古琴を学びはじめ、2015年より独学で古琴を制作。   あとがき 中国=騒がしいというイメージを持っている方が多い気がします。しかし静かな中国もある。ここでの私生活はとても穏やかです。今回ご紹介した2人のアーティストもそんな静かな世界の住人で、いつも優しい雰囲気に包まれています。中国古来の薬学や楽器といった自国の文化を自身の仕事の中で黙々と探求している姿はかっこよく、学ぶことたくさん。 このコラムでは、私自身の超個人的なフィルターを通して見える世界、私が出会った芸術を、一緒に味わえればと思っています。ひとり静かな時にでもまたお付き合いくださいませ。   筆者プロフィール 山本愛子 Aiko YAMAMOTO 作家 ウェブサイト http://aikoyamamoto.net 1991年 神奈川県生 2017年 東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了 2018年から現在、中国美術学院新媒体芸術科研究生、ポーラ美術財団在外研修員として杭州に滞在中。

  中国、杭州に滞在する現代美術家、山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。     香港に着いた。私がなぜここに来たかといえば「アジア最大級のアートバーゼル」というものが一体どんなものなのか、とりあえず行ってみようと思い立っただけなのだ。滞在中の杭州から飛行機でたった2時間、映画を一本見終わる前に着いてしまった。空港から直接会場に来てオープンまであと数分。急いできたので景色もよく見てない。というか香港のこと何も知らない、調べてない。着いてみて身を以て知る。根無し草の私は、自分で動いて見て聞いて感じることで言葉に血を通わす。「行かなくても美手帖とかSNSで雰囲気わかるし、お金持ちが集うような場所に作家自身がわざわざ行く必要がない。」昨日の私に言えるこの冷えた言葉を捨てるべく、水分をたっぷり含んだ粘土のように何も固まっていない状態のうちに色々と経験しよう!わくわく!そんなことを考えていたらバーゼルは澄まし顔でオープン。マップを見るとすごい量。242ブース!1ブース2分でも日が暮れる。     流れる風景のように膨大な量の作品を見ていると、私は作る側であるから作品の気持ちを考える。もし私の作品がこの大海原に一つ浮かんでいたら、と。人々は軽やかに回遊する。珍しいクラゲに目を奪われ、キラッと光る小魚にあら可愛いとよそ見して、遠くそびえ立つ山々にあちらに行こうと舵を切り、注意散漫な脇見運転をしながら、ある夫人はシャンパンを片手に風景をお楽しみのご様子だ。何というか、そんなことは予想してここに来たわけだし、と私もめげずにボロ船を漕ぐ。目ではなく心を奪ってくれるものは無いかと、そんな期待でパドルを手にする気持ちだけはトレジャーハンター。私の心を奪う何かに出会いたい。運命を感じる作品はないでしょうか。     不思議だな。こんなにたくさんの作品に囲まれているのに、なぜ見つからないんだろう。まるで行き交う渋谷スクランブルのど真ん中、恋人に出会えずひとり空を見上げて途方にくれてしまっているような。皆の目を奪う作品はたくさんある。インパクトがあったり、有名な作品だったり。しかし心を奪う作品はきっと人それぞれ違う。そしてそれはなかなか見つからない。目を奪う作品とは「今どこにいる?」と聞かれこの会場で待ち合わせにできるものでもある。「村上隆のおっきい花があるところにいるよ~」「なんか一番ネオンがすごいブースのとこ」という感じに。共通言語になりやすい作品は話題に乗りやすい。そして売れやすい。かどうは売り側じゃ無いので分からない。     いくつかの心惹かれるものに出会うことはできた。それらには共通点があった。私が心惹かれた作品の共通点、脆いもの。古紙、布きれ、いわゆる「襤褸」や、糸や針金、か細く自立するもの。素材に限らず、何やら細密に懸命に何かを記しているけれど、それが解読不明か意味深長なもの。謎を謎のままに肯定するもの。どこかの民族刺繍やらがオブジェにまとわりガラクタのような振る舞いだったり、メカニックな技術を駆使しているにも関わらず意味不明な働きをしていたり。私はそうした美しい暗号に出会った時、自分の心が喜ぶのを感じた。一見脆い暗号の奥に燃えたぎる強さ、作家自身の感性がじわじわと伝わってくる。待ち合わせ場所にはされない、どこかとりのこされた雰囲気のものたち。私はそんな素朴極まりなくオーラあるもの達に惹かれたのだった。     睨みが静かに光る。夜の茂みに一瞬ギラリと野生の眼。この野生は、注目を浴びてやろうという野心とは別のベクトルで呼び鈴を鳴らす。静かな鈴の音は、確かな警告でもある。作者の意図では無いとしても、私はこの作品たちを(正確に言えば作品の「部分」たちを)鏡として、私自身の居場所を聴くことができる。これは私が今回アートバーゼルに来て最も良かったと思える収穫の一つだ。自分は何が好きなのか、何を察知できるのか、何に心を通じ合えるのか。改めて分かるのならば、こんな鑑賞スタイルもあって良いでしょう。     人間は集合体になると野獣のよう。ガッツリ獲物を捉えに勝負をかける作品群の中、むしろ鈴でもって熊を寄せ付けぬこの素朴なものたち。同じ鈴を持っているもの同士だけが、リン リン リン と、秋の虫が互いの居場所を確認するように、それに心を交わし警告を理解する。野獣はその音構わず歴史を刻む。繊細なガラスの道を踏んづけ、足の裏から血が流れてもバリバリと大雑把に割り進む。そして生まれたガラスの破片たち、歴史の刻みカス。その一つひとつの怒り、悲しみ、美しさに心を通わすことができるのは、ちっぽけな個人の特権かもしれない。儚く鋭利な光、皮肉にも野獣の歴史無くして破片も存在しえないけれど。     こうして私は、アートの文脈を大無視して、アートバーゼルという大海原で鈴の音を頼りにガラスの破片拾いを楽しんだ。これでいいのだ!私は野獣ハンターではないのだから。自身の中に新たな言葉をコレクションし、バーゼルを後にひとり香港の夜景に迷い込む。小道、急坂、傷ついたアクリル板の窓越に吊るされた豚肉。排気口から蒸気。紅色の繁体字を下品にテカる金色がふちどり、冴えない小道をイカツく浪漫に仕上げてる。野良とペットを変幻する猫。目が合った。 ゴンゴンゴンと背後から私を追い越す二階建てバス。真っ赤なタクシー群が聴き慣れぬ信号機にひっかかり二手に分かれ、新旧入り混じるマテリアルの奥へと消えていく。明日は友達に会う。グーグルマップ片手にまだまだ吸い込まれそうな迷路の先。今夜の格安ドミトリーを目指し、リンリンと情熱がほとばしり、キラキラ掴めない破片と歩く。     ーあとがきー 4泊で香港アートバーゼルと周辺のギャラリーやアートスペースを色々歩き観てきました。4泊分の日記の文字数が収集つかなかったため、このコラムでは初日3月27日の日記から抜粋して編集しています。香港アートバーゼルに関しては多くのレビューが公開されるであろうと思い、ここでは周知の情報的なものは記述しませんでした。あくまでも作家目線の超個人的フィルターを通した世界から、自由なアートの楽しみ方、アートと日常が繋がっていること、香港初日の臨場感が伝わったらいいなと第1回目のコラムをお届けしました!次回は、私が滞在中の中国杭州で借りているアトリエ周辺についてです。よかったら次回もお付き合いください。   山本愛子 Aiko YAMAMOTO 作家 ウェブサイト http://aikoyamamoto.net 1991年 神奈川県生 2017年 東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了 2018年から現在、中国美術学院新媒体芸術科研究生、ポーラ美術財団在外研修員として杭州に滞在中。

6月のアートコラムでは、欧州美術財団(TEFAF)のレポートを引用しながら世界のアートマーケットについて概要を見た。その際に日本についての記述の少なさを述べたが、今回はTEFAFレポート同様バブル期についてであるが、日本について数ページに渡って興味深い記述されていたので、Art BaselとUBSによる「The Art Market 2018」を見てみる。アートマーケットレポートは各団体のウェブサイトから誰でもダウンロードすることができるので、読んでみると面白いかもしれない。TEFAFの方がアートについて詳細に、バーゼルの方がアートと経済を絡めて読みやすいアウトプットの仕方をしている印象である。 TEFAF Art Basel   さて、アートコレクターと言った時にみなさんはどういった人を想像するだろうか。巷には数千円から購入できるアートもあるわけであるが(そしてそれらが後に大きな価値を持つことも稀にある)、コレクターともなると、なんとなく、とんでもない桁の金額をアートを投入していそうである。彼らは何を目的に、どのようなアート作品を購入しているのだろうか。 Art Baselのレポートによると、 富裕層の35%はアートコレクターとして活動的であり、そのうち93%が500万未満のアートを最も頻繁に購入し、1%未満が1億円以上の作品を購入する。またコレクターのうち32%のみのコレクターが、購入したアートワークの価格が高騰することによるリターンを期待すると応え、86%のコレクターがコレクションの中から作品を売ったことがないと回答した とある。 富裕層の定義についてはレポートで明記されていないものの、近年のアートの価格高騰を見るに、投機目的の人が多いのだろうと想像していたが、リターンを期待する人が3割程度というのは、予想以上に低かった。数千万円以上の作品は投機目的に購入されることも多いと聞いたことがあるが、アートを所有すること、それ自体に価値を置く人が多いのだろう。そして大規模なコレクターであるほど、コレクションを多くの人に見てもらうために美術館に貸し出したり、自ら美術館を建設してコレクションを公開する。 そんなアートコレクターはどのようなアートを購入するのだろうか。過去の巨匠の作品の価格は安定して高価であるが、Art Baselのレポートによると、過去2年間、購入されたアート作品の85%がアメリカ出身の、もしくはアメリカ国内で活動するアーティストのもので、84%が生きているアーティストのものであった。 これと対照的であったのが、バブル期の日本である。レポート原文をそのまま引用すると、私自身があたかも日本を批判するようであるが、そうではない。現在国際的に日本がこういった評価をされてしまっていることは残念だが、これを事実と認識した上で今後どうしていくか、という点を考えていきたいのである。 ここからは原文(つたない訳は河口)をそのまま載せる。 1990年には、日本がアジア圏では最もアートを購入する国であり、同時にイギリス、アメリカを抜いて世界のアート輸入量の30%を占めるアート輸入最大国となった。この時点での中国(香港を含む)の輸入量は1%未満であった。しかし、これは相当に内向きな流れであった。というのも、当時の日本のアート輸出量は世界の0.1%に満たなかったからである。 1980年代の悪名高いアートマーケットバブルは、その後10年ほどに渡る印象派絵画を中心とした日本の強い購買によってさらに悪化した。 ・・・ 日本人の余剰資金は、ハイリスクな資金調達とともに、時には美術資産を使った違法な取引や慣行など、新規購入者の一部による不十分な知識によってもたらされた。その結果、アート価格は急激に上昇し、往々にして平凡な作品に莫大な額が払われた。 (当時の日本の一部の企業は、借り入れ、貸付、場合によってはマネーロンダリング、現金脱税の隠蔽に、評価が曖昧であるアートを使用していたとの報告がされている。) 後半の部分は、多くの日本企業が名画をオークションで競り落とし、バブル崩壊とともにそれらを手放したことが批判されたことは多くの人の知るところである。 日本人が印象派を非常に好むのは、今でも美術館の大規模巡回展示を見れば分かる話であるが、近年のアートコレクターが現存するアーティストを好んで購入することや、これらレポートを読んだうえで思い出すのは、MoMAの「我々は歴史に無関心であり、歴史は我々の活動の副産物であるという前提から始まっている」というMoMAが自らの果たすべき役割についての言葉である。   このように過去の出来事について散々に書かれている日本である。少々尻切れとんぼだが、これからのアート界における日本の立ち位置について、希望を込めて次回のアートコラムに書きたいと思う。

さて、前回のアートコラムでは、世界のアートマーケットをざっくりと見た。そして、日本のアートマーケットは小さい、というなんともネガティブな形で終わってしまった。しかし、これからの日本のアートという点に関しては、筆者はポジティブに見ている。 そこで、ここから数回に渡って、アート作品の売買という枠からは一旦離れて、日本国内の美術市場について検討してみたい。 日本で美術が取り扱われているのは、 ・芸術祭(自治体) ・モニュメント購入(自治体) ・美術館(行政/自治体/民間) ・企業のアートワーク購入、コラボ活用 ・ギャラリー といったところだろうか。 今回のコラムでは芸術祭に関して簡単にデータを整理してみよう。ここでいう芸術祭とは、各自治体が秋に行う市民の発表の場としての文化祭とは異なり、外部からアーティストを招聘し、芸術振興に加えて開催地への人の積極的な流入や認知を目的として行うものを指すこととする。日本ほど大規模かつ多様な芸術祭が行われている国は他にない。 これらの中でも、国内外に向けた現代美術都市としての発信と、地域の魅力発信を主軸とするものがあるが、そこは分類せず、いくつかの大規模な芸術祭の予算と来場者数を取り上げてみよう。各芸術祭はこれまでの開催数も異なるがここでは大体の規模感を把握していただくために、最も近年開催されたものの数字のみを挙げる。詳細が気になる方は各HPの開催報告書に細かく記されているので、そちらを見ていただければと思う。中之条ビエンナーレが気になるところだが、報告書を発見することができなかった。 予算(千円) 実施日数(日) 来場者数(人) 瀬戸内国際芸術祭 1,238,000 108 1,040,050 あいちトリエンナーレ 1,155,081 74 601,635 ヨコハマトリエンナーレ 956,968 88 259,032 さいたまトリエンナーレ 522,287 79 361,127 茨城県北芸術祭 478,956 65 776,481 新潟妻有大地の芸術祭 382,593 50 510,690 芸術祭によく足を運ぶ人でなければ、アートの催しにこれだけの予算と人が動員されているのか、と驚くかもしれない。芸術祭は直近でも毎年のように新しく生まれているし、予算額数百万円規模の小規模芸術祭も合わせると、その数は50はくだらないだろう。 各地で芸術祭が増加する要因はどこにあるのだろうか。このことは逆に近年中止が続いている自治体イベントから考えてみたい。ニュースでも取り上げられていたことから、多くの人が知っていることと思うが、夏の風物詩、花火大会である。有名どころの花火大会に行ったことのある人なら分かると思うが、行列を亀のような速度で進んでいるうちに、花火の打ち上げが始まる。中止の原因は来場者不足ではなく、逆に見物客が集まりすぎて警備費がかさんでいることや、マナー違反対策のため資金不足である。警備費が花火費とほぼ同額いった花火大会もあるほどだ。 これらの資金不足の一部を有料席を増設することで補っている花火大会もあるが、あるレポートによると(引用元を消してしまったので見つけ次第更新する)ほとんどの来場者が有料席は利用しないと答え、花火大会当日の予算は「1,000円未満」がトップであった。 ここで芸術祭の話に戻ると、芸術祭はチケットを購入して作品を見て回ることが前提となっている。要は美術館と同様入場料というものが存在するのだ。野外に置かれている作品も多くあり、チケットを購入せずに作品を見る人がいる事も課題になっているものの、来場者のカウントはチケット購入者からされており、かつチケットも2000円前後のものが多い。花火大会は1日かつ短時間で終了するのに対し、多くの芸術祭は1日では回り切れない規模となっている。必然的に一人あたりが落としていく金額も大きくなる。これらのことから、近年の芸術祭ブームの火付け役となったとも言われる越後妻有大地の芸術祭の成功例から、各地自治体もより経済効果の高い芸術祭へ移行しているものと思われる。最も、文化は一朝一夕でなるものではなく、そこには多大な労力が費やされているのであるが。 さて、今回はざっくりと芸術祭の規模感についてみてみた。簡単に数値を取り上げたものであるが、前述した越後妻有大地の芸術祭は7月29日から9月17日まで開催されている。新潟市で同時期に開催されている水と土の芸術祭とともに、お盆休みに行ってみてはいかがだろうか。新潟市美術館では水と土の芸術祭の関連企画も行われている。 乱立する芸術祭には賛否両論ある。しかし実際に行ってみてギャラリーのホワイトキューブ、展示のために整理された美術館とは異なる、自然豊かな地での展示を感じてみれば、アートの新たな可能性に気付くのではないだろうか。    

小学校の図画工作から始まり、中学校での美術の時間・・・全く美術というものに触れたことのない人は少ないだろう。しかし、学校教育での「美術」と、世界のアートマーケットはだいぶ性質の異なるものである。教育と売買の場の違いなのだから当たり前なのであるが、せっかくなので、ここでは簡単にアートマーケットについて紹介したい。 2016年の世界のアートの取引額は約450億ドルである。売上はオークションとギャラリーからなり、その売り上げは半々である。 オークションマーケットにおいて、日本は1980年代、アジア圏において最も美術品を輸入していた。1990年には、世界のアートの輸入額の2/3をアジアが占めるようになっており、その8割を日本が占めていた。日本企業が世界の名画を高額で落札していた時代である。そのまま作品を所有している企業もあれば、バブル崩壊とともに売却したところもある。世界のアートマーケットにおける日本の位置づけも、変化していった。 現在欧米ではアートの取引がオークションからよりプライベートな取引に移っており、オークションのアート取引額は、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの中でアジアが40%と最も大きく、その9割を中国が占めている。中国では2000年代以降、美術館や教育機関のインフラが整う前に美術コレクターが急増したのである。欧米では、美術館やギャラリーで展示を重ねて、作品の価値を上げていくのに対し、中国はオークションによって一気にアジア現代アートの価値を世界に打ち出した。その後、アートの価値を維持していくためには美術館が必要であるということから、現在、現代アートを扱う美術館が建設中である。 アートマーケットにおいて中国が台頭してきた背景には、美術品購入を資産運用におけるリスク分散の手段として考える人が多いことが考えられる。対して日本の美術市場が小規模なのは、美術品が資産としてみなされていないからといえる。中国、台湾などでは自国の貨幣よりは名画を持っていた方がよい、という考えが根底にあるのに対し、日本では通貨の安定は勿論のこと、その背後にある国、政府、社会の安定と信頼があるといえる。良くも悪くも平和な社会であり、通貨を他のモノに変える必要がないのである。 さらにもうひとつ重要なのが税制上の課題である。香港とシンガポールは共に税率が低く、原則的にキャピタルゲインが非課税である。つまり、税率が低いから暮らしやすいし資産が増えても税金をとらないことを餌に、投資家や富裕層を呼び込んでいるのだ。美術作品を購入するだけなのであれば変わらないかもしれないが、作品の価値が上がって売却益を得た時の税金や、保管のための施設等のコストを考えると、美術品蒐集を行うにあたって、日本は不利といえる。日本人は家が小さいから美術品を買わないという説もあるが、それよりも税金や美術品に対する考え方の方が日本でアートが「流行らない」要因であろう。 アジアにおけるアートの見本市としては、アートバーゼル香港が最大級のものである。アートバーゼル香港がここまで成長した要因については、別記事で取り上げたいが、近年のアートブームにより、アートフェア東京を訪れたことのある人はいるかもしれない。しかし香港は簡単に行ける距離なので、アートに興味を持ち始めた方は、是非ともアートバーゼル香港を訪れることをお勧めする。入場料は2万円程度と高額だが、欧米の有力ギャラリーも多数出展しており、全体のスペースもアートフェア東京の4倍ほどである。Art Museumの名の通り、博物館として基本的には「保存」「収集」「展示」「教育」「研究」を主な機能とする美術館とはまた異なり、最先端のアート動向を把握することができる。 今年は行けなかったが、筆者は2017年に初めてアートバーゼル香港を訪れた。残念ながらデータを紛失してしまったので、、、様子を知りたい方は、公式HP,Instagramを覗くと良いかもしれない。 アートバーゼル香港 instagram(※リンクはアートバーゼル。#で香港のものを検索できる) また、中国にはご存じの方も多いかもしれないが、798芸術区、という近年は観光の目玉ともなっている地区がある。ギャラリー、カフェ、個人経営雑貨店など、雑多な雰囲気である。798芸術区に関しては多くの記事があるのでそれを読んでいただければと思うが、工場跡地をアーティストがアトリエとして使いだしたことから始まる。現在は商業化が一気に進み、賃料もあがったことで、798芸術区から出ていくギャラリーもあるようだ。798芸術区からそう遠くないところに草場地区がある。こちらは著名なアーティストのアトリエもあり、798芸術区に比べて観光色の薄いものである。 写真は2017年に798芸術区を訪れた際のものである。休憩所として使われているスペースには、「毛主席万歳万万歳」の文字が見える。 各ギャラリーも、人に対して、この天井の高さ、大規模な美術館並みである。   日本のアートマーケットは世界の1%未満という話はよく聞くが、その根拠を探すことさえ難しい。世界のアート市場動向を調査する欧州美術財団(TEFAF)が毎年発行しているレポートでも、日本についての記述は、1980年代のバブル期について僅かに記されている程度なのである。 一般社団法人アート東京の「日本のアート産業に関する市場調査」によると、日本国内のアート市場規模は、古美術や洋画・彫刻・現代美術などの美術品市場が2437億円であるが、TEFAFがギャラリーやオークション会社に対して調査を行っているのに対し、この調査は個人を対象に行われているものであり調査の行い方が異なるため、単純な比較をすることは好ましくないが、上述した450億ドルに対しては約4,5%となっており、それでも日本の市場は小さいことはよく分かるだろう。   さてここまでは、日本のアート市場が小さいという話ばかりしてきたが、最近は若手の経営者を中心にコレクターが出てきており、海外のアートマーケットからもその事実は認識され始めている。日本から世界的なコレクター、アーティストが生まれてくることを期待したい。 参照:TEFAF ART MARKET REPORT 2017,一般社団法人アート東京「日本のアート産業に関する市場調査」

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