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展示レポート

先日、ギャラリーEUKARYOTE(http://eukaryote.jp/)へ行ってきた。先月行った展示に菅原玄奨さんの作品があって、グループ展だったため、1点しかなく気になったからだ。 "Metamorphosis"とは英語で変質、変形を意味し、"The Metamorphosis"はフランツ・カフカの『変身』の英題である。展示を見ると、この作家はあの本好きかな、と考えたりするのだけれど、今回は展示名=小説名だったので、それにつられてしまった。というか考えざるをえない。 ギャラリーに置かれている文章では、『本展はフランツ・カフカの「変身」より、ある朝起きると虫に変身していた男の前の不条理から立脚する話を、眼前に質量をもって確かに存在する彫刻と私たちが対峙することに擬えてい』るとある。 さて、「ある朝起きたら虫になっていた」話はほとんどの人が聞いたことがあるのではないか。ところが、どんな話だったかとうまく思い出せず、久しぶりに『変身』を読み返してみると、アレ、こんな話だったか、と思った。幼い頃読んだ時は人が虫になってしまう衝撃が強かったが、実際のところ、虫か否かは表層的な問題なのだ。要は、主人公は朝起きたら、他者に言葉が通じず、外見もおぞましい、家族にとっては人目から隠しておかなければいけない対象となってしまった。 自室で虫となったまま引きこもっている時に、虫のごとく壁や天井を這いまわり、ふと我に返った時に、身も心も虫になっていたことに主人公は恐ろしさを覚える。死ぬ間際には主人公は家族との愛おしい時間を思い返し、一方、疲弊した家族は虫となってしまった身内を庇い続ける必要性を感じなくなってくる。足枷となっていたものが無くなることで未来を希望に満ちたものとして捉えるところで物語は終わる。虫は人として死に、家族は人を虫にした。 --- 私達が何者であるかは、ひどく曖昧な問いだ。私達は周囲にどのように捉えられるかによって如何様にもに変貌しうるし、何者かと社会に捉えられるか、それだけが「確か」なことだ。 冒頭の話に戻すと、彫刻が存在することと私たちが質量的に存在することの「確かさ」は等しいはずだ。それでも、時折り、彫刻を前にすると自らの存在が霞むように感じる時がある。それは自我があることの、思考できるが故の弱さだ。言い換えれば彫刻が持つのは、自我がないことの確かさ、不変であるという確固たる強さかもしれない。そうして、その屈強であるはずの彫刻には、人間と同様の曖昧さが、自我とは違った形で作り手によって内包されていることに、私達は一種の安心感を覚えるのかもしれない。正確に言うならば、曖昧さはどこにもなく、鑑賞する者が勝手に読み取るものではあるけれど。 そんなことを考えると面白い二人展である。共通項のある視点を持ちながら作品形態は全く逆だ。展示は2月3日まで。決して広くはないものの、3階立ての空間にはシンとした濃密な時間が流れている。 (河口)

昨年の12月13日、中央区の新富町駅から徒歩1分の場所にあるギャラリーオリムへ、吉田明恵さんの個展を見に行ってきました。    これまで大学関係や知人作家の告知で知った展示の紹介が多く、私自身が内輪感に若干飽きてきたため、全く知らない作家さんの展示へ行くことを今回のテーマにしました。 Facebook上で今回の個展のイベントページを見かけ、作品画像とコンセプトが面白く魅力的に感じたため、吉田さんの個展をチョイス。 前日に一度、下見として同様にピックアップした他の作家の展示を含め4か所ほど巡りましたが、吉田さんのものが最も見応えがあり、ご本人にお話を伺いたく翌日に再度訪問して来ました。 今回の面白さの要素の1つとしてあったのが、こちらのギャラリーの独特の内装空間でした。 全体が黒い壁で、展示空間としてはかなり小さい方に感じました。 ギャラリーの方にお話を伺うと、創業30周年になるこちらのギャラリーはもともと画商同士のやり取りのために使用してきた空間なのだそうです。黒く立派なソファーも置かれ、なるほど応接室のような設備になっているのも納得でした。 30周年の今年、初めてオープンギャラリーとして一般の方も来られる展示空間として使用を始め、外部の作家に声がけをして行う企画展示もこれが2度目となるそうです。   私が吉田明恵さんについて事前に得ていた情報には、画像を見るに抽象画の作家であること、個展情報に添えられていた文章にあった貝殻や鉱物、ミネラルというキーワードとがありました。 そうしたキーワードが作風とどう結びついているのかネット上の画像からでは汲み取り切れなかったのですが、作品実物を見つめお話を伺ってゆくとその結びつきがよく分かってきました。 まず、入って右手の開けた空間の小作品から見てゆきます。 壁の高い位置にあった紫の作品。メタリックな質感が強いのはこの作品だけでした。 隣の壁の3作品。 こちらの作品が、この展示の中で吉田さんご自身が一番よい出来だと感じているものだそうです。 他の作品よりも、キャンバス地を思いっきり残した状態なのが印象的です。透明感とツヤのあるアクリルメディウムが、それ自身の動きのまま力強く使われているのが吉田さんの作風の特徴だと感じました。メディウムのそうした使われ方が伝わりやすい作品でした。 並んだ3作品の一番左の黄色が強い作品を見ると、透明なメディウムの上から色がさらに重ねられ、積層構造のような独特の質感が生み出されているのが見て取れます。 続いて向かいの壁へ。元々こちらのギャラリーに置かれていた奥の棚の彫刻作品とそのまま展示空間を共にしているのが面白いです。 こちらの黄色が強い作品。上部に積層が薄く抜けてゆくような部分があり、私はそこの美しさに惹かれました。油彩画のような温かい質を感じます。物質としての距離は、絵具の重なりの手前と奥という数ミリ程度の厚みの差のはずなのですが、絵の中に広い奥行きを感じることができます。 隣のこちらの作品は、しっかりと絵具が画面を覆い、アクリル絵具らしい質や色を強く感じます。 層の薄くにじんだような不思議な色合いの部分、アクリルメディウムの重ねられた部分など、1枚の絵の中にいくつかの質感が同居している吉田さんの作品。制作の過程についてご本人に伺うことができたので、少しご紹介させていただきます。 幼少期より、石や貝殻など年月が積み重なったような積層の現象を持つものが好きで、よく集めていらっしゃったそうです。現在の制作では、とある幻想的で魅力的な模様の石をモチーフに、その模様を拡大した画像をキャンバスに転写し、その上から感覚的に絵具を置いているそうです。転写イメージの元となっている石の写真を見せていただきましたが、魔法のようなカラフルな色味と深みを含有していて、天然の石なのかどうかを疑いたくなる美しさでした。 鉱物という物質の強さ、美しさ、深みを絵画の画面上に展開されているのですね。 また、作品ごとに色味の傾向が様々なのも印象的でした。その点について伺ったところ、自分の好きな色などに偏らないよう作品の色味の幅を意識されているそうです。 鮮やかな青緑が美しいこちらの作品は、アクリル絵具らしい発色なのかと思いきや、素材は油絵具なのだそうです。なるほど、素材にこっくりとした重みがあり、中央の透けた部分が美しいです。 続いて下はギャラリーに入って正面の位置にあった大きな作品。色彩が軽やかで清々しいです。 ここからはギャラリーに入って左側、応接間のようなソファーとテーブルの置かれたエリアです。オーナーが購入されたという、芸術家・バンクシーの作品モチーフの像が置かれています。美術大学出身というオーナーご自身が金色のスプレーで加工されたそうです。面白いですね。 バンクシーの隣には、ペインティングナイフの動きが見える、茶色みの作品。 赤い壁との対比が印象的な水色の作品。均一な水色で視界が覆われ、ブラインドの隙間から向こう側の世界を覗き見ているような印象です。水色の奥にある透明メディウムの層が効いています。 左上にキャンバス地がはっきり残されている作品。左上に強い光が当たり、写真では透明メディウムが白く煌めいて見えています。転写にもムラを付けてあることで、偶発的な素材たちの自由さがあります。 最後にご紹介するのは、今回の展示の中で私が一番良いと感じた作品です。油絵具と金箔が使われ、落ち着いた色味が他の作品と雰囲気を異にしています。教えていただいて興味深かった点は、立って作品を見た時と、ソファーに座って見た時とで金箔の煌めきの見え方が変わるところでした。 全体と明るく写すとこのような作品。 転写の虹色の部分が中央に広く残っていて、色味も重く、とても美しいです。転写のムラの筋が、私には水流のように見えます。緩やかな流れの大きな河を、絵の向こう側に見ているような感覚です。 画面の右寄りに、大きな金箔が縦に入っています。その部分が夕日を映す川の水面の煌めきのように見え、私には牧歌的な川の情景のように感じられました。 ソファーに腰掛けて少し暗めに全体を撮影した下の写真を見ていただくと、縦長の金箔の輝きが伝わりやすいかもしれません。この作品はこのギャラリーが黒い壁であるおかげですごく引き立っている、と吉田さんは仰っていました。言われてみれば確かに、黒い額装をしてる他のいくつかの作品は白壁の空間でも同じような魅力で見えそうですが、額装がなく落ち着いた色味のこちらの作品は、真っ白な壁に展示すると見え方が全く変わってくるかもしれません。 色々なことを考えたり、想像したり。ソファーに座ってずっと見ていたいと思える作品でした。手頃なサイズと値段であれば、購入したかったぐらい。   最後に、モビールが飾られていて面白かったギャラリーの一部分をご紹介して終わります。 今回の展示作品にはありませんでしたが、英字のロゴを絵に重ねたような作品も制作されている吉田さん。そちらのイメージも非常に格好良く、今後の制作スタイルに注目し続けたいと思えるアーティストでした。 2019年中之条ビエンナーレへの参加が決まっているそうです。どのような作品が発表されるのか、今から非常に楽しみですね。 (清水悠子)   吉田明恵さんは現在、渋谷西武にて個展を開催されています。吉田さんの作品上の不思議な質感を皆さまぜひ直にご高覧ください。   Akie Yoshida -Brilliant Mineral- 2019年01月16日-27日 西武渋谷店B館8階 美術画廊・オルタナティブスペース 10:00-21:00(日曜日のみ20:00まで) https://www.sogo-seibu.jp/shibuya/topics/page/181207yoshidaakie.html  

涼しさの増してきた11月1日、植田爽介(うえた そうすけ)さんの初個展が開催されている北千住のアートセンター「BUoY」へ行ってきました。 北千住駅の仲町口から線路に沿うように住宅地を南にしばらく進んで行くと、太い道路に面したところにBUoYの入り口がありました。基本的には演劇に使われている施設とのことで、扉のない入り口を入ってすぐの階段のところに演劇は地下、植田さんの個展は階段上、と案内がありました。 2階に上がるところからまず一般的な白壁の展示ギャラリーとはおおよそ異なる様相を呈した建物の内部に衝撃を受けます。 扉で仕切られずに繋がった広い1つの空間。なかなかに広く開放的です。 大きく3つのエリアに分けることができ、そのうち一つはカフェのスペースとなっています。作品を見て回る前に空間の面白さで気持ちが昂ってしまいました。 こちらのスペースは元々ボウリング場だったそうで、壁や床にその要素を残しつつ、普段は演劇の練習場などに使っているそうです。上の写真の右側、カラフルな作品の並ぶエリアの床の線はボウリングのレーンの跡だそう。 私が植田さんの作品について他の作家にない魅力を感じている重要な点は、その色感の美しさ、視覚的強さです。視覚的美しさに加え、思考の量、練られたコンセプトの強度も持ち合わせ、評価されて然るべきアーティストの1人だと考えています。そうした点で植田さんらしさを感じて目を引いた右側のカラフルなエリアが気になりましたが、作品の展開に順序があるそうなので向かって左側の部屋から見てゆきます。 開いていましたが、恐らく扉。面白い。 向かって左の部屋に入ります。作品の鑑賞に至る前に、近付くまでの周囲の環境が良い意味で非常に気になる。なんだか冒険感があります。 『刻の忘れ物 (Still Life)』(2018年) 綺麗に並列されている向かって左のものは立体作品、右はその立体作品を撮影したイメージをリトグラフで平面に刷ったものです。 世界最大級のトカゲであり絶滅危惧種でもあるコモドオオトカゲの生態への関心から、次いで大きいとされるミズオオトカゲの皮を入手して、それらの生息する東南アジアの島々を彷彿とさせるような配置に電子部品を縫い付けた作品とのことです。 ピンク色の皮の色がリトグラフの方ではより毒々しく。手足が欠け磔にされたかのような姿には何だか痛々しさや悲しさを感じます。冒頭で見えた隣の広いエリアにはこちらのトカゲの版を用いてカラフルに展開した作品群がありますが、パッと見のイメージが格好良くてあまり気にならないそちらの作品群の裏側の出発点にこうした重さや毒々しさが隠されていることが皮肉のようで格好良いですね。 こちらの部屋の全体はこのような様子。次はトカゲの作品の向かいにある白い作品へ。 『Just the way your are(L), (R)』(2017年) 白い正方形のフワフワの毛の中に電子基板が埋め込まれている。私がスピッツのCDの中で唯一手元に持っているベストアルバムのジャケットを思い出しました。植田さんはスロヴァキアへ留学に行かれていますが、その中で立ち寄った街の上空図に沿って基盤が配置してあるそうです。こちらはウサギ9匹分の毛皮を繋ぎ合わせてあるそう。 次はこちらの部屋の一番奥、今回の個展のメインビジュアルにもなっている大きな熊の毛皮の作品が置かれているエリアに入ります。 作品を中心に、部屋の左右の壁に平面の展示があります。植田さんの所属する大学院でシカゴ大学との交換レジデンスプログラムがあり、シカゴに赴いた経験をベースにした作品です。熊に向かって右手の写真は香川県で成果展を行った時のものだそうです。 『Chicago Maps (on the origin of the country)』(2018年) 身体感覚的に作品を捉えると、痛みを感じる表現です。動物の皮膚に基板が縫い付けられている。既に死んでいる生き物の毛皮は人類が数多の製品に使ってきたものですし、もうただの物質と言えばそうなのですが、感覚を開いて鑑賞すると痛覚に来るものがあるように感じます。 人間文化がテクノロジーを得ると共に奪ってきた動物たちの命への悲哀のようなものが、植田さんの作品表現の裏側にはあるのかもしれない。と、コンセプト文でも言及されない要素を想像しますが、果たして真実はどうなのでしょう。 シカゴを訪れた経験、その都市の成り立ちについてのリサーチを元にした作品。シカゴという名前は先住民の言葉で「強き者」を意味するというニュアンス、そしてシカゴを開拓した創始者の毛皮商人の存在から、素材としてクマを選んだそうです。 日本には熊皮を鞣している工場が無いとのことで、日本のヒグマの皮をアメリカで鞣し、日本に逆輸入したものを使用。シカゴの地図をプロジェクションで投影し、建物の配置の通りに電子基板を配置。この作品についてはシカゴの高層ビルの高さの比率も正確に投影して基板を付けているそうです。 制作風景。 裏側の様子。毛皮の裏側はシカゴの都市の地中としてイメージして作られているそうです。基本的にボルトとナットで留め、場所によっては皮が厚くボルトが通らないため、針と糸を用いて縫い付けてあります。 建物の高さを投影してあるとのことで、横から撮った図。なんとなく、砂煙に巻かれた都市の景色のように見えます。 印象的だったエピソードはこちらの部分について。基本的にシカゴの都市を理屈的に正確に投影した作品ですが、シカゴで一番大きな噴水を見た時の植田さんの感動という個人的な体験・感覚をカラフルな配線に投影したのだそうです。理知的で感覚や感情の見えにくい植田さんの制作スタイルの中の、控え目な感動の表現に何だか可愛らしさを感じました。 こうして電子部品を用いた作品をじっくり見た後だと、この建物の床に固着したネジも何だか関連付いて見えてくるのが面白い。 気になっていたカラフルなエリアへ。奥の壁には植田さんの作品画像のスライドショーがプロジェクションされています。 手前の6作品は、先ほどのトカゲの作品のリトグラフの版を様々な色展開で刷ったもの。版は合計3つあるそうですが、2つだけ使ったり1つだけ使ったりと手法を変えることでバリエーションを出しています。展示されていない他のパターンも見せていただけました。 植田さん自身は右から二つ目の鮮やかな黄色を使ったイメージが好きだそうで、そちらは売約も付いたとのこと。 版を作ればこうして色味や重ね方を変えることでいくらでも作品に変化を付けることができ、予想と違う出方をすることもある。版画の最大の面白さはそこにあると考えています。 プロジェクションの壁の左手前の壁に貼られた縦長の作品。 こちらはヤギの皮に黒の単色のインクでイメージを刷っています。 続いて向かいの壁の大きな作品。 『Trace Element (Pig)』(2017年) 今回の個展の中で一番衝撃を受けたのはこちらの作品でした。 過去絶滅の危機に瀕したハンガリー原産のマンガリッツァという品種の豚は、人が食すようになったことで飼育が盛んになり頭数が回復したのだそうです。調べてみると、現在ではハンガリーの「食べられる国宝」として様々なメディアで取り上げられている様子。 スロヴァキア留学中にマンガリッツァ豚と出会い、その実態に興味を持ち作品の題材にされました。この豚の特徴である巻き毛を取り分けて様々な場所に配置し、腐敗する様子を写真に撮って版を作り、なんとその毛から抽出した色でイメージを刷ったのだそうです。 こんなにも鮮やかでカラフルな色は、当然のように人工のインクで刷っているものだと思い込んでいました。にわかに信じられません。毛を置く場所で、環境の影響で、こんなにも多様な色が生み出されるのですね…。 今回の植田さんの個展には山縣青矢さんの手によるコンセプト文が添えられています。その中に植田さんの愛読書であるマーク・トウェインの『人間とは何か』にある人間機械論、外部の環境が人間の行動を決定している、とする考えが紹介されていました。 人も豚も、環境によって生かされている。抗えない無意識の部分は多分にあると思います。それでも、それを知った上で、植田さんは自分の力で世界を捉え直そうと試みている。そうした姿勢を見て取ることができました。 植田さんご本人と共に。 最後に。プロジェクションで展開されていた画像もどれも格好良くて見ていただきたいものばかりでしたが、あまりに枚数が多くなってしまうため、植田さんの紹介写真をプロジェクション前で撮ろうとした過程で面白かったものを少しご紹介。 鮮明なイメージが衣服の柄のようにはっきり投影されていくのがとても面白い。来場した方もここに立つことで面白い写真をいくらでも撮って無限に楽しめる、エンターテイメントのような展示空間の演出が非日常的で良いですね。 (清水悠子)   植田爽介さん オフィシャルウェブサイトはこちら https://sosukeueta-art.jimdo.com/biography/jp/ 【今後の展示情報】2019年3月まで毎月展示の予定が決まっているそうです。是非ご覧になってみてください。 シブヤスタイル vol.12 2018年11月27日~12月9日 西部渋谷店 B館(東京) Sequence 10 2018年12月18日~24日 高松市美術館2階 一般展示室(香川) 第62回 東京藝術大学 卒業・修了制作展 2019年1月28日~2月3日 東京藝術大学(東京) Group Exhibition 2019年2月8日~3月3日 EUKARYOTE(東京) KUMA EXHIBITION 2019 2019年3月22日~24日 Spiral Garden & Hall(東京)

『三越×藝大 夏の芸術祭2018』 古賀真弥 こんにちは。清水です。 夏の暑さも落ち着き寒さを感じ始めるこの頃ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。   今回は、8月に日本橋三越で行われていた「MITSUKOSHI×東京藝術大学 夏の芸術祭2018」を訪ねた際のレポートをお届けします。 こうした百貨店タイプの美術展示は日本画や工芸などの誰しもが受け取りやすく美しい”美術”らしいものが好まれている印象があります。誰も見たことがないような斬新な“アート“的なものは販売が難しいためか、比較的少なめなイメージです。   何人か印象的だった作家さんをご紹介したあと、個人的に私の琴線に強く触れた彫金作家さんをぜひご紹介したいと思います。   まずはこちらの作家さん。   パッと見てああ面白いな、と感じました。書道のようなタッチで文字を使っていて、なおかつ絵としてイメージを形作ろうとしていることが分かります。 美大生などの若い作家の作品をたくさん見ていると、大体の作品はどこかで見たことのあるタイプに分類することができてしまいます。歴史上様々なことが成されてきた美術の世界において、唯一無二の新たな作家性を見つけ出すことはなかなかに難しい。 しかし、こちらの下村奈那さんの作品は私がどこでもあまり見かけたことのないタイプでした。確実に書道とは違うのですが、単色の墨で描かれた図像は文字的です。 「星を題材にした書の作品」とキャプションには説明書きがありましたが、いわゆる書道の形式でないのが楽しいですね。中国星座についての知見を制作に活かされている方のようです。   続いて面白いな、と思ったのがこちら。 分かりやすく面白い。先端芸術表現科の大学院出身の折原智江さんの作品。説明不要で楽しいですね。使ってしまうのはもったいない。   続いてはこちら先端芸術表現科の博士号取得、知念ありささん。壁の高い位置に展示されていましたが、熱量というか密度というか、放置できない強さに惹かれました。 花火をモチーフに、釘に糸を引っかけてゆく繰り返しの動作で記憶の断片を具現化した作品だそうです。   お次はアート的雰囲気のあるこちら。 ガラス棒の先端の球形部分に周りの世界が上下逆転して映り込んで見えます。 特定の角度から見ると、球の部分に色が見える仕組みになっている様子。作品タイトルは3本それぞれ別の色名になっていました。私はその角度を見つけられませんでしたが、それでもシンプルな見た目で色々と想像することができて面白かったです。   そして最後に、いよいよここからは私が一番惹かれた作家さんのご紹介。見た瞬間の色の感覚に引き込まれました。 写真では伝わりにくいですが、銅に着色を施した優しい鮮やかさが私にとってはどの作品よりも美しく感じられました。 工芸科、彫金を修了され現在東京芸大で助手をされている古賀真弥さん。 工芸科の作家さんの作品は、こうした販売を目的においた場では特に手に取りやすいアクセサリーや陶芸作品をよく見かける、というイメージがありました。そんな中、古賀さんの作品は使用が目的ではなく展示しておくためのオブジェ的で、ある意味彫刻科の立体作品のような立ち位置に感じました。   最初に特に気になったのはこちらの作品。 一瞬本当に水が湛えてあるかのように見えました。雨の日本庭園に置かれているのが似合う…そんな景色が浮かびます。水の重さを感じる。 次に目が行ったこちら、2点連作の水色とピンクの取り合わせがとても綺麗です。モチーフのチョイスが繊細で女性的にも感じられます。デザイン的に全く対になっているわけでもないのがまたセンスが良く、2つを見比べて違いを楽しむことができます。ピンクの淡さがとても上品。   お次はこちら。 真ん中の空洞に、また水が湛えてあるかのように樹脂が流し込まれています。海中の洞窟のように見える。中の葉っぱは大部分がレースのように透かして作られているため、暗がりの中でも映えるようになっています。水槽を覗いているような気持ちでじっと眺めることができる作品でした。 続いて向かって左側に置かれた作品に目を向けます。 はっきりとした水色が印象的なこちらの作品。真ん中の樹脂部分が多層の曇りガラスのようになっていて、また異なった雰囲気の抜けを作っています。 最後はこちら、平面的な形が他の作品と別の趣になっています。細い線で重ねられた円たちが雨打つ水面の波紋に見えます。次々と水滴が落ちて波紋が発生しては打ち消されていく様子が動画のように想像できました。   私がお金を貯めて古賀さんの作品を購入できるようになる日まで、絶対に制作を続けていてほしい…と願うほど心を掴まれました。 思えば、私がこれまでの人生で自分でお金を出して買いたいと思って買ってきた作品は何故か絵画ではなくガラス工芸や陶磁器でした。学生の身分で1点に1~2万円出したレベルでしたが、色や光沢の質感が美しくて感動した工芸品にお金を出して自分の日々の中に持ち帰ることに、喜び以外の何も感じませんでした。絵を見るのが好きだけれど、何故買いたいのは工芸作品なのだろう。   古賀さんのホームページもご紹介。 http://msykoga.com/ 作品が繊細で美しすぎてなんだか泣きそうになりました。曲線、色彩、植物…。2012年、2014年の作品が特にたまらなく好きです。   古賀さんの制作を応援するためにも、家にきちんと置き場所をつくってぜひ作品を購入させていただきたいと思いました。   (清水悠子)

時間のかたち 見崎彰広 新作展 こんにちは。清水です。 今回は、一風変わった版画・鉛筆ドローイング作家の見崎彰広さんをご紹介したいと思います。   8月4日、日本橋の不忍画廊へ「時間のかたち 見崎彰広 新作展」を見に行ってきました。 見崎彰広さんは東京芸大の日本画専攻を卒業された後、リトグラフという手法の版画作品と、鉛筆によるドローイング作品とを並行して制作されています。 私が美術予備校、ふなばし美術学院の日本画科に所属していた頃、見崎さんは日本画科の学生講師をされていました。   他にあまり類を見ない独特の作風がとても面白いので、1人でも多くの方にぜひ見ていただきたい。 黒。はっきりとした黒が印象的かと思います。 基本的にモノトーンなので、人によっては地味だな、暗いな、と感じられるかもしれません。しかしその制作スタイルやスタンスがなんとも面白い。 私が今回の展示でまず感心して釘付けになってしまったのがこちらの作品。 何に惚れ惚れしてしまったのかというと…こちらの作品、なんと鉛筆のみで描かれているんです。 デジタルイラストレーションなんかではクリック1つで塗れてしまうような黒のベタ塗りですが、この漆黒の面を手作業で鉛筆でこのクオリティに仕上げている仕事の精度の高さ、ストイックさに思わず笑みがこぼれてしまいます。 絵の端のキレも素晴らしいです。さすがにここはマスキング(紙の地のまま綺麗に残したいところをテープや紙を貼って保護しておく処理)を行っているそう。 天使がモチーフのこちらの作品も鉛筆によるドローイング。どんな手つきで描かれているのか想像がつかない点描のようなホワッとしたタッチで、中央の天使が光っているように見えます。   こちらの一連の鉛筆ドローイングについて、黒い面の精度があまりに高いので「(黒いところの作業は)気が狂いそうですね」とお話ししたところ、見崎さんとしては中央のモチーフ部分に最も神経を使う、とのことでした。こうして画面の多くを色面で構成していると鑑賞者の見るべきところはモチーフ描写の部分だけになるからだそうです。なるほど。 黒い部分は鉛筆の動きを縦向きに統一することで、基本的に上からあたる光でタッチの筋が見えにくいように工夫されているそう。 惚れ惚れします、ホント。 展示の告知の際に見崎さんがこちらの『シュート』という作品を引用して「昔バスケ部だった方、ぜひ見にいらして下さい。私ひとりでディフェンスしております。」と書かれていたのが印象的で面白かったです。作品も魅力的ですが、見崎さん自身が落ち着いていてユーモラスで話していてとても面白い方です。 小学生頃から誰しもが慣れ親しむような、鉛筆という何ら特別ではない道具で表現をしていきたいと考えていらっしゃるそう。とあるテレビゲームでいうところの初期装備の武器、木の棒でずっと冒険を進めていくような感覚。そんなところに鉛筆表現の面白さを感じているそうです。 言ってしまえばただの鉛筆が、技術次第でここまでのクオリティの表現になる。面白いですね…。   ここまでご紹介した額装なしの木製パネルの作品は全て鉛筆ドローイングですが、ここからは版画作品のご紹介。記事の冒頭の方の写真のものも、額がある作品はリトグラフの版画作品です。 リトグラフについて簡単にご紹介します。 版画には凸版画、凹版画など使用する版の構造によっていくつか種類がありますが、リトグラフは「平版画」と呼ばれる版種です。木の板を削って残った出っ張りにインクをつける木版画のような凸版、銅板に傷をつけた凹みにインクをつめる銅版画のような凹版、ステンシルのように穴の開いた版の上から塗ったインクを下に落とすシルクスクリーンなどの孔版、とありますが、平版は版に立体的な手は加えず、簡単に言えば水と油が互いをはじき合う性質を利用した版画技法です。 元々は石板を用いたことがリトグラフという名前の語源となっています。現代ではアルミ板にクレヨンや油性ボールペンなどの油性の画材で絵を描き、色々加工を加えたあと版に水を塗ると、水がはじかれた油性の描画部分にだけローラーで油性インクを乗せることができ、それを紙に押し当てることでイメージを刷ることができます。他の版画と異なり、彫ったりする版画特有の技術を必要とせずに絵描きが絵を描いたそのままのタッチを版画にすることができます。 カラフルに多色のインクも使うことができるリトグラフですが、見崎さんは黒のみを使って鉛筆ドローイングと見た目の印象が近しい作品を制作されています。   私がご紹介したいのはこちらの雪景色の作品。 雪が降り積もる窓辺のイメージで、可愛らしい画面です。こちら、色んな角度からじっと観察してみると、黒く見えるインクの中に少しだけ種類の違いがあるのが見えました。 写真で伝わるでしょうか。右上の光が当たっている部分をよく見ると、外側の窓枠の黒は青っぽく光を反射し、窓の中の黒は照りの少ない赤っぽい?漆黒で、その2種類の黒に境目があることが分かります。 黒いインクを置く前に工夫を加えてあるそうです。物質の作品ならではの生で見た質感の深さ、そんな細かな工夫を発見できたことが嬉しかったり楽しかったり。   シンプルな白黒の画面だからこそ、その内容にはとてもこだわって丁寧に制作されているのが印象的です。シンプルだけれど一つ一つの作品に重みと充実感があります。 黒の中にこんなにもいろんな表情があるんですね…。愛着を感じられます。 ボローニャ国際絵本原画展に入選もされている見崎さんは詩とドローイングで構成した小さな本も制作・販売されていて、そちらもちょっと切ない雰囲気が魅力的です。 今後の活動もとても楽しみです。 (清水悠子)   ーーーーーーーーーー 見崎さんは現在、9月25日まで兵庫県のグループ展に参加されているそうです。お近くに行かれる方はぜひチェックしてみてくださいね。   G.araiの絵本原画展 「物語のかけら」 2018年9月20日(木)~9月25日(火) 11:00~18:00(最終日17:00) ギャラリーアライ www.gallery-arai.com/

やましたあつこ 林もえ 5月の個展レポート 5月26日に、以前にお邪魔した浅草橋のマキイマサルファインアーツへやましたあつこさんの個展「In the flower garden」を見に行ってきました。2階では同時開催の林もえさんの個展「眺めのよい部屋」が開催されていました。5月のまるごとほぼ一ヶ月間を使った個展で、期間があるため同じ方が幾度か足を運んでくださったとやましたさんは話していました。 マキイマサルファインアーツのホームページ http://www.makiimasaru.com/mmfa/ 浅草橋駅から近く、相変わらずアクセスがよいのが嬉しいところです。   まずは1階のやましたあつこさんの「In the flower garden」から。 やましたさんは自身の内側にある物語のイメージを多数の軽やかな絵に起こし、展示空間全体の白い壁にバランスよく点在させて場所そのものを心地よい絵にしてしまう…そんなスタイルで制作されているアーティストです。 やましたさんの作品は、白い背景に赤い髪と青い髪の女の子が登場する物語の風景がよく描かれます。赤い花が描かれているのも近頃よく見かけます。 今回の展示では画面全体を色で埋めている作品と、菱形の模様のようなモチーフが新たに登場しているのが印象的でした。 こちらは私が一番好きだった作品。写真よりももっとすごく色が綺麗で、深みがありました。やましたさん本人が言うには、苦しかった絵、だそうです。だから重みがあって好きだったのかもしれない。 そして展示空間の一番奥に、今回の展示の一番の目玉だと思われる巨大なキャンバス作品がありました。白い網目を描いているのか黄土色の菱形の集合を描いているのかどちらともとれるような不思議な画面で、他の小作品とはテイストが違っています。具体的なシーンでも無さそうですが、絵の四辺の菱形の色味が違っていて額縁代わりの縁取りのようでもあり、絵の中にちょっとだけ奥行きをつくるための床や壁や天井を描いているようにも感じられました。菱形の向きが絵の四辺に沿っているからかな。不思議。 こうした大きな作品が1つでもドーンと存在していると、やっぱり展示空間の充実度合いが違う。狭さの制約がある日常生活の空間から離れた自由さ、夢を感じられるように思います。 こちらは絵と配置とが良いな…と思った部分。花を咥えた女の子の軽やかさ、ちょっと得意げな表情が可愛らしい。 今回はポストカードや作品集、マグカップなどのグッズが充実していました。作品を手軽に日常に取り入れてもらいやすい試み。良いですね。   続いて、2階で行われている林もえさんの個展「眺めのよい部屋」の様子です。 まず感じたのは「整っているな」という印象でした。 市販の張りキャンバスのような真四角の定型のキャンバスの形をあえて崩したようなスタイルの作家さんを見かけることがちらほらあるのですが、そうした作品では例えば布をも立体素材のようにしてふんわりと膨らみをつけて張ったり、布を斜めに張ったり、布の端を木枠の裏に折り込まずにはみ出させたりすることがあります。キャンバスを立体作品のように考え、空間への配置の仕方も工夫して、絵の内容を見やすいように人の視線の高さに置くという展示セオリーを気にせずリズムや動きをつけていることもあります。 林さんの作品は、絵を描くベースとして定型である白い下塗りがされていない生の布を使い、布の端の耳をはみ出した形が基礎となっていました。 1階で見たやましたさんが作品の形や配置に動きをつけるタイプだったこともあり、林さんの作品をパッと見た瞬間にはまず似たような「定型への問い」を持っている作家さんなのだと感じました。 しかし、そう考えてみると、耳のはみ出し方の幅がとてもきれいに整っている。絵の配置の高さも基本的に整えられている。大きなアクションの派手さやインパクトで見せるのではない林さんなりのやり方で、それでも素材には問いとこだわりを持ち、きちんと丁寧に制作されているのだな、そんな風に好感を持てました。 画材屋で買えるようなキャンバス布は、基本的に麻布に白い塗料を塗ってあり、すぐに油絵具やアクリル絵具で絵が描きやすいようになっています。生の布にそのまま絵具を塗ると油分や水分がすぐに吸い込まれて滲んで広がってしまったり、絵具を構成している素材が布を傷めてしまって数十年数百年も絵が同じ状態を保てなくなったりします。布の目地が邪魔で細かい絵が描きにくかったりする、そんな問題もこれまでの絵画の歴史の中で開発されてきた地塗りの塗料が解決してくれます。 林さんの作品は生の恐らく綿布に近い布をきちんと張った上で、あえてその絵具の滲み、筆と布の質感を生かしたり、ほんのり透ける布の軽やかさも制作に使われている、そんな印象を受けました。 こちらの右の作品は、ほんのりと木枠が透けて見えます。連続するように同じサイズの2作品が近い距離にくっついて並べられていましたが、左の絵が白い色で画面をワーッと塗りこめているのに対し、右の絵の透けた軽やかさが際立って見えて良いな、と思います。 家がモチーフになっているこちらの小さな作品は色味が多くて可愛らしい印象でした。 こちらは林さんのポートフォリオの作品なのですが、個人的にものすごくグッと来たのでご紹介。どんな場所でも見かける生活風景。生きていれば大して気にならなくなる日常風景。シャンプーや洗顔料って時にはパッケージに惹かれたり、買うときは色々感じたりもするのですが、家の定位置に置いて数日たてばもう見慣れた生活風景になってしまいますよね。私はパッと見た時のこの絵の綺麗さに加えてそんなことを考えてしまい、そんな暮らしの一角を切り取った視点にとても惹かれました。素材がパラフィン紙に油彩となっていますが、そちらも透ける素材ですし、是非とも実物を展示で拝見したかったな、と思いました。 居心地がよくつい長居してしまうような空間のお2人の展示を見に来て、私はここのところ悩みや不安事でなんだか苦しかった胸のつかえがとれたようでした。「呼吸ができた」、そんな感じがしました。 とても良いタイミングで見に行くことができ、改めて絵の力…実物のある空間で生で作品を見て、何か感じたり考えたりすることの癒しを実感することができました。その場所に行って、見ること。インターネット上で作品画像だけを見ることの何倍もの得られる体験があるし、絵はやっぱりただの色データや情報ではない、人の体の五感と共にあるのだな…と感じることができました。 自分の五感と心の声と対話する、そんな穏やかな時間を過ごせるような絵画の展示空間に、皆さんもぜひ足を運んでみてくださいね。 (清水悠子) 【今後の展示情報】 林もえさんTwitter 10月に大阪で展示があるそうです。   やましたあつこさんTwitter 現在、銀座にあるWALK IN BAR MODにてちょこっと作品展示中だそうです。↓ https://twitter.com/siatsuko/status/1012215992129241088?s=21 また、来年1月には今回展示のあったマキイマサルファインアーツにて、個展が開かれるそうです。  

諏訪 葵、村上直帆 『near Phenomena』 企画:小林太陽   5月6日、西荻窪の中央本線画廊で行われていた展示『near Phenomena』にお伺いしてきました。清水の油画専攻の同期であった諏訪葵さんが出展されていた関係で、今回こちらの展示を知ることができました。出展作家は諏訪葵さん・村上直帆さんの2人で、諏訪さんいわく企画の小林太陽さんにお誘いいただいて今回の2人展示の形になったのだそう。 こちらが会場の中央本線画廊。外観からしてとても面白い。予想外の雰囲気にワクワクしながら、向かって右手のガラス張りの扉を開けます。 中はとてもこじんまりとした空間のため展示全体を写真に収めることが難しかったのですが、入り口側の明るめのエリアと奥側の暗い映像エリアとに分かれている形でした。 入ってすぐの場所に、まず諏訪さんのインスタレーションが設置されていました。 黒、透明、濃オレンジの液体…といった視覚的要素が繋げられて組み立てられています。 私は在学中に諏訪さんの作品展示を何度か見てきているのですが、今回のキャンバスへのモノトーンのドローイングは初めて見るスタイルのものでした。 奥の暗めのスペースには映像ディスプレイが2つと、左の映像の出力元になっている液晶の壊れたノートパソコンが一緒に設置されていました。この壊れた画面がとてもかっこいい。私には都市の夜景を上空から見下ろしたもののように見えました。 諏訪さんの制作では水や液体がキーになっていることが多いのですが、液晶画面も液体といえば液体が関わっている現象の一つですね。 まずは展示空間の左上に位置する映像について。白っぽいベースの画面上を黒い粒子のようなものが人為的にぐるぐる動き回る。素材の分かりにくい図像のようなパターンと、シャーレ上で砂鉄のようなものが動いているのだと判明できるパターンとがありました。 こちらからは見えない裏側で磁石が動き回ったり、たまに離れたりしているのでしょう。黒い粒子が引っ張られるように動いたり集まったり、磁石が離れた途端脱力したようにゆるんだりしています。 まりも状に集まった瞬間がなんだか気持ちよい。 諏訪さんいわくこちらの黒い粒子は砂鉄とは異なる高価な素材なのだそうですが、いい画が撮れそうだと考え制作のために用意したそうです。   続いて右側の映像について。透明な液体の中にゆっくりと浮かぶ濃オレンジの液体の映像なのですが、黒背景と白背景のパターンがあり、黒背景の方はまるで宇宙に浮かぶ太陽と星々かのように見えて印象的でした。 小学生の頃、フラスコに入った水を振ると色が変わるという理科の実験を先生が見せてくれたこと、その時の衝撃が諏訪さんの現在の制作動機の起点になっているそうです。化学実験の美しさに惹かれた彼女は、化学か美術かどちらの進路を選ぶか迷ったそう。 過去に諏訪さんの制作コンセプト文を読ませてもらった中で強く印象に残っているのは、「科学(化学?)の世界では、実験などの現象というのは1つの結論のために必要なものを取捨選択されてしまうけれど、そこで除外されてしまうような多様な現象それ自体の美しさや面白さ、そこを大切に着目していきたい」といった内容でした。正しく要約しきれているかは分かりませんが、諏訪さんが最終的に美術の方を選択した理由にはそのような視点があるようです。 最近の諏訪さんの制作と表象については、東京都美術館のとびラープロジェクトの方々によるより詳細なインタビュー記事が存在していますので、紹介させていただきます。 http://tobira-project.info/blog/2017_suwa.html   暗い映像エリアから振り返って明るい入り口側のエリアに目を向けると、今回は1点だけ展示されていた村上直帆さんの作品が正面に見えました。 所々に文字が書かれているのも見え、どこかの土地の地図であるかのような印象。表面の質感が多様で面白かったです。どんなことが込められているのか、制作についてお話を伺ってみたかった。   ここで入り口側に戻り、最初に紹介した諏訪さんのインスタレーションについて。 透明な液体が溜められた細長い大きな水槽の両側2ヵ所に、濃度の高そうな赤っぽい液体が非常にゆっくりポタリポタリと滴っていきます。水面に当たって軽く沈んだあと、一度水面に浮かび、また水底に向けて沈んでいく液体の動きが不規則で面白く、じっと眺めていても飽きない魅力がありました。その水槽を片側から拡大撮影している映像が水槽の下部に同時にディスプレイされています。 バラバラに動く液体の粒が時々連なって、縦に糸状に伸びる瞬間もありました。 単純に見ていてきれい、かっこいい、面白い。それに加えてその裏側にはたくさんの考えや事象が込められてもいるので、流れていくものたちを眺めながら話を聞いたり推測したり、無限に味わえる要素があります。   最後は、その向かい側のエリアへ。 壁には今回の展示のコンセプト文と、入り口側にもあったものと似たドローイングと液体インスタレーション、そして棚はまるで実験室のような趣で、ガラス器の作品が並んでいます。 こちらの赤い液体は先ほどのものとまた異なった現象を起こしていて、上から覗き込んでみると本人いわく「腸みたい」でちょっと気持ち悪い。この液体がどういう力の因果でずっと左向きにだけ流れていくのだろう、と考えてみたりしたのですが、その答えが見つかっても見つからなくても作品にとっては正解なのだと思います。 棚の作品群は販売も可能な形として考えて作られているそうですが、また質感の違う黒い液体(固体?)がクールでかっこいい。ガラス器という素材自体の厚みや魅力も感じさせられます。 じっくりたくさんお話をさせてもらえたことで会場を出る頃には日が落ちてしまっていたのですが、暗くなった外からの様子も素敵だったので最後に載せておきます。 こちらの中央本線画廊は現代アート寄りの前衛的な展示企画を中心に行われている様子で、室内の構造も趣もとても面白かった。映像展示のスペース奥がバーカウンターのようだったので、飲食物の提供を行うイベントなども行っているのでしょう。 これまで踏み入ることのなかった西荻窪というエリアを初めて訪れる機会となった今回なのですが、落ち着いて穏やかでじっくり思索をするのに向いているような街の印象で、こういう場所での現代美術の活動の一端を見られたことがなんだか隠れ家的で新鮮でした。 スペースとしては小さいけれど、若い人が自分たちの意思で動かしている美術の場所、と感じられてワクワクしました。 今後の展示も是非チェックしていきたいと思います。   (清水悠子)

小久江峻 個展『絵画の種子』 ー絵に空を飛んでほしいー   4月21日、この春に東京芸大油画専攻を卒業したばかりの小久江峻さんの個展『絵画の種子』の初日に訪問してきました。 在学中に清水と同期だった小久江さんは予備校時代からの同級生でもあります。   昨年末よりこちらのライズギャラリーさんで連続展示の企画があり、小久江さんは他の方とのグループ展と個展を含めて4回の展示を行ってきました。 http://www.rise-gallery.com/top/top.html   場所は東急東横線の学芸大学駅から徒歩13分と少し離れた住宅街の中。ここへ来るのは2度目ですが、駅の周りといいギャラリーまでの道のりといい、生活感があるけれど穏やかで雰囲気がとても良い。 駅からしばし住宅街をまっすぐ南下すると、道路沿いのイオンスタイルの建物の裏にライズギャラリーはあります。 建物入り口左側にはデザインストアが併設されています。   展示初日のこの日はギャラリー奥のメインエリアでレセプションパーティが行われていました。小久江さんとギャラリーオーナーとその関係者の方が数名いらっしゃいます。 作品を見つつ、作家本人からお話を聞くことができました。   こちらのギャラリーは入り口近くに写真のような特徴的な曲面壁のスペースがあるのですが、まずそちらに大きめの作品が1つ。 今回の小久江さんの展示では、キャンバス木枠にそれよりも一回りサイズの小さな木枠を重ね、その上から布を張って凸型にしたキャンバスを使った作品が何点かありました。このスタイルについて詳しくは後述しますが、これがとても面白い。 特にこちらの壁では、壁が凹んでいるのに対して作品が手前に膨らんだ形になっていて、見ているとなんだか錯覚を起こすよう。壁に落ちる影の形も、平面壁に展示した状態とは大きく異なっているはずです。   曲面壁エリアの向かいにはこちらの作品。 以前に制作されていた作品に似たスタイルで、周囲に「逃がし」があります。私の言葉になってしまいますが、作品と周囲の空間との繋がりを柔らかくするための工夫、だと言えます。 気になるのは、作品の台座にしていると思われるレンガ上に左右非対称に綿が敷いてあるところ。良く見ると作品画面上にも絵具に混じって綿がくっついていたりする。 綿の白い色がアクセントにもなっているし、理屈では言えない何かへの配慮やら優しさの表現のような。 隣には変形していない通常のキャンバスの作品たち。他の作品たちのような「逃がし」を行わずにやってみる、というテーマがあって無変形のキャンバスをここでは使っているそうです。 この中ではこちらの作品が一番深みが感じられていいなと思いました。奥行きがある…ような。この絵は一度描いた作品を潰すようにもう一層絵具を乗せているそうです。なるほど、だからか。 レセプションパーティの会場にもなっている奥の広い空間に移ると、まず気になったのは一番奥の壁にぽつんとある白く小さな作品。 綺麗でちょっと寂しくて切なくて、よい…。この小さな1枚でこの壁は完成している感じがあります。少し壁から飛び出す形で展示されていたのでよくよく見てみると、ここにも壁面との間になんだかよくわからない綿があしらわれています。しかしこの、なんだかよくわからないってことがとても大切で面白い。 理屈でなんだかよくわからない。面白いなと思う作品制作をする油画学生のほとんどが、私の理屈っぽい頭からは到底捻りだせない感覚的なものづくりをしているように感じています。 書き手の私は生活の基本がいわゆる左脳的な感じ。過去と未来を考えて計算的にスケジュールを考えて今やるべきことをする、社会人の方は大抵がそうなのではないかな?と思う考え方が基盤にあります。作品制作なら、最終形のクオリティをどのようにしたいから下地をこう扱おう、それを何日間でやろう、みたいな。 一方で、油画科の同級生と話していてよく感じたのが、彼らは「今現在の目の前の素材と身体感覚的に向き合っている」という印象です。なんとなく触った絵具が、作品の中で感覚的に心地よければ、それでよい、というように偶然を肯定していくようなスタンス。何のモチーフを表現しているのかわからないような、いわゆる抽象表現には大切な感覚なのではないかと思います。   それを確認したくて、小久江さんに絵を描きだす時の最初の1色目では何か計画を立てるのか?と尋ねてみたのですが、「例えばその時偶然足元に落ちていた絵具のチューブの色から」だとか、何も縛りを設けずに絵を始めるのだそうです。そこから絵の中でやり取りをしていく。 うまい写実描写以外に絵の価値というものが全く分からなかった私が、抽象表現って面白いな…と感じられるようになったのは小久江さんとの出会いが大きかったと思っています。 私の視点ですが、彼は徹底的に右脳的感覚が日常を主導しているのだと感じています。彼が制作について感覚から話す言葉を私が私の分かりやすい言葉で要約して置き換えて確認してみても、それはちょっと違ってしまっていたりする。小久江さんが言っている感覚的なものごとに対してなるべくズレた誤解をしないように汲み取りたいと思ってきましたが、同じ日本語を話しているのに言語を扱う感覚がこんなにも違うということが興味深くて面白くて、私は在学中そうしたコミュニケーションをとても楽しんでいた気がします。   展示の話に戻りますが、メインの空間には小久江さんが一番気に入っているという3点セットの作品がありました。 私の色感は間違いなく真ん中の白が入ってる作品が一番綺麗でよいと訴えてきていて、でももし本人が左右の方が好きだったら申し訳ないなと思って左右の作品には言及できずにいたのですが、本人も真ん中の作品が一番気に入っているとのことで安心しました。 今回の展示で新たに取り入れられている木枠を重ねた凸型キャンバスについて、詳細なお話を伺いました。 以前から小久江さんはキャンバスの張り方を工夫されていました。市販の張りキャンバスのようにきちんと四角く硬く布を張るのではなく、あえて柔らかく、木枠を見せたり布の耳をはみ出して残したり。このレポートの2番目の作品紹介でも触れた「逃がし」の要素のためだと思います。 しかし、本人は絵の中の絵具のやり取りに没入したいのに、絵の外縁と展示の壁との繋がりだとか絵の外側を考えなければならない瞬間が途中途中でどうしても生まれてしまい、それがストレスになっていた様子です。 そこで今回は絵の外縁に段差をつけることで、張り出した中心エリアの外周を「逃がす」形にしてみたそう。その甲斐あって、今回は制作中絵の中に没頭しやすかったそうです。物質的には飛び出しているのですが、本人の感覚では「へこんでいる」のだそう。キャンバス自体が額縁の効果を果たしているのかもしれない、と個人的には解釈できました。   小久江さんの制作のスタイルはシンプルに、「絵具をやり取りしていて自分が心地よいこと」を大切にされているそう。 「自分が絵に求める感覚は、風を受けて張った凧の感覚に近い気がする。」 それを発見した小久江さんは、自分の絵に一度空を飛んでほしい、と考えているそうです。めっちゃ面白い。 実験的に作られた凧がちゃんと展示されていました。 空飛ぶ絵が実現された際には絶対に見てみたいです。   作品の視覚的美しさ、身体感覚的な柔らかさ、発想の面白さもあるとても充実した展示だと思いました。 小久江さんの個展『絵画の種子』は5月11日まで。 この機会に是非ご覧になってみてくださいね。   (清水悠子)

清水が書かせていただくMeltingPotの展示レポート、今回は紙と鉛筆による作品を発表されている橋本晶子さんの個展の様子をお届けします。橋本さんは、美大予備校である御茶の水美術学院に清水が在籍していた頃の1つ上の先輩であり、武蔵野美術大学の修士課程を修了されています。   会場は大森駅から徒歩数分の場所にあるマンション、山王アーバンライフの10階にあるLittle Barrel Project Room。展覧会の企画・運営やアーティストのマネジメントなどを行う会社Little Barrelが、事務所の一角をアーティスト紹介のためのプロジェクトルームとして2017年11月にオープンしたスペースだそうです。 ”作品展示を行いながらも、既存のスタイルにとらわれない実験的な試みを行っていきたい。そうした理由から、Little Barrelは「ギャラリー」ではなく、「プロジェクトルーム」と銘打っている。”(引用元 https://bijutsutecho.com/interview/11162/ 美術手帖 INTERVIEW-2018.1.28 【ギャラリストの新世代】Little Barrel Project Room 水田紗弥子)   訪れてみて分かりますが、いわゆる「ギャラリー」とは趣向を異にした空間となっていました。   展示スペースを含むような建物…ということでなんとなく新しくクールな建物を想像して行ったのですが、外観は白く巨大な住宅用マンションで、年季が入った団地のような佇まいが意外でした。入り口は道路に面さず建物の脇にあり、入ったところがホテルのフロントのようになっていて趣があります。築年数が1974年ということもあり全体的にレトロな雰囲気。   エレベーターで10階に上がると、窓のない廊下に各部屋の扉だけが面しているシンプルなつくりの空間に出ます。一昔前の集合住宅らしい感じ。 部屋の番号と部屋名だけが金属質の重そうな扉に書かれていて、となりにはインターホン。展示会場らしき案内もなければ窓もなく中の様子を垣間見ることもできないので、無断で勝手に入ってよいものか??と扉を開けるまでにちょっとドキドキ。軽くノックだけして扉を開けてみました。 中は本当にいたって普通の一般住宅用マンションの一室、という感じ。奥の部屋のスタッフの方が顔を出して「どうぞ」と声をかけてくださいました。靴を脱ぐ玄関スペース周りは人一人が通れる程度の幅で、入って左脇にある小さな低いテーブルに展示の案内などが置いてあります。振り返ると、玄関の扉の裏にまず作品が一つ展示されていました。   玄関と直結している1つ目の部屋は電球が吊るされた薄暗めの照明になっていて、人が4人もいればいっぱいになってしまうかも?と感じるこじんまりとしたスペースです。 正直、アートの展示というと広く明るく真っ白いホワイトキューブで派手に行うものばかりに触れてきたため、こうした場所ならではのやり方がとても新鮮で驚きました。狭いといえば狭いのですが、静かでしっとりとしていて心地よい空間でした。 水彩紙に鉛筆のみで描かれた、モノトーンの作品たち。絵画の手法としてよくあるように木製パネルに紙を水張りしたり額装したりといった手法を用いず、とてもシンプルな素材をそのまま展示に使用されています。どれだけ丁寧に素材を扱ったらこんな風に紙の美しさを生かしたまま作品にできるのだろうか。 書き手目線のお話を少し。 私と橋本さんは昔、美術予備校の日本画科に所属していました。私はその後油画科に移ったのですが、日本画科では基本的には紙の白地を生かして鉛筆や水彩絵具でモチーフを描画することを学びます。それらの素材の繊細な表現を生かすため、ベースの紙を汚さないように作業前に手は洗い、紙は折ったり傷つけたりしないように細心の注意を払ったものでした。 それと対照的に、油画科で使うキャンバスや木炭や油絵具は素材としての力がとても強く、また作業場を汚しやすい素材でもありました。少しの汚れは仕方がないもの、多少の汚れは絵具で潰せばいいか、と、私自身は油画科に移ってから段々と素材の汚れへの感覚が麻痺してきていたように思います。 今回の橋本さんの作品展示を拝見して、紙自身の色や傷つかない目地の美しさ、それらを大切に残して作品を仕上げることも作品のクオリティに大きく寄与しているのだ…と改めて学ばせていただきました。   ガラス器、食器、植物など、日常風景で目にするモチーフたち。それらを描画した紙が、展示する壁や空間とどのように関係するかを考え抜かれて展示されていることを感じられます。絵が写真データとして空間から四角く切り取られインターネット上を飛び回るようになった昨今ですが、橋本さんの作品は絶対的に空間と共にあるための絵であり、作品の魅力のためにも展示空間が必要なスタイルなのだと思えました。   少し薄暗い照明に慣れてくると、紙の白と鉛筆のトーンが空間の色から主張せずに馴染むように照明が柔らかく設定されているのかも…と感じられてきます。 透けるカーテン越しに、奥の部屋の温かい照明の光が漏れてくる様子が美しいです。 奥の部屋は事務所となっていて、そちらにも2点作品がありました。本棚の前に座れる場所があり、ポートフォリオと共に、橋本さんのインタビュー記事が掲載されている美術手帖が置いてありました。 窓辺の作品が印象的です。 1つ目の部屋もそうですが、ここを訪れる時間帯の外光の加減によって部屋の雰囲気も作品の見え方も全く違ってくるのでしょう。   橋本さんの作品は、モチーフを描画することで紙の向こう側にできあがる空間世界がはっきりと見えてきて、たとえ私たちの世界から見えるこちら側の表層が分断されていても向こうの世界は繋がりが広がっているのだ…ということが感じられました。 ボードにアクリル板?をクリップで留めるシンプルな作品保護がされています。飾らなくても、丁寧さは美しい…。   ポートフォリオには大判の作品の展示写真もあり、そちらは白い壁の中に作品部分にだけぽっかりと別の空間への入り口が開くように錯覚して見えるのが印象的でした。実際に見てみたい。 モチーフとその影と、空間を見つめる丁寧な目。橋本さんの作品は、素材がシンプルだからこそ、研ぎ澄まされた視点が伝わってくるように思います。   今回は夕刻に訪れましたが、こちらのプロジェクトルームは日中の明るい時間帯にもまた訪れてみたい場所だと感じました。空間としては小さかったので滞在したのは短い時間ではあったと思いますが、とても静かで穏やかな時間を過ごさせてもらえました。 是非またお伺いしたいと思います。 (清水悠子)

こんにちは。河口です。 いよいよ新年度ですね。働き始めは、明日の方が多いでしょうか。 新年度一発目の展示レポは、3月末に行ったFACE展2018です。 FACE展2018損保ジャパン日本興亜美術賞展とは、「損保ジャパン日本興亜美術財団の公益財団法人への移行を機に創設され…今回で6回目を迎え」る公募コンクール。平面作品であれば年齢・所属問わず誰でも出品することができます。損保ジャパンといえば、ゴッホの『ひまわり』を所有していることでも有名ですね。そんなこともあって、オランダのアムステルダムにあるゴッホ美術館とは関係が深いそうですよ。 さて、入選作品71点(内受賞作品9点)が並ぶのは、損保ジャパン日本興亜美術館。なんと地上42階にあります。 どんっ! あいにくの曇り空でしたが、東京を一望できて、なかなかに気持ちよかったです。   大学学部(東京芸大日本画専攻)の同期の水谷栄希さんからチケットを頂いていたので、行ってきました。水谷君の作品はこちらから。少しスクロールしていったところにある、『lovers』というのが今回出品されていた作品ですね。とっても色合いが綺麗で、学部の頃から絵柄はかなり変わっているものの色感の良さは変わらず、です。今後どう絵が進化していくのか、とっても楽しみに見ています。   展示会場は写真撮影可だったのですが、会場のライトの関係もあって撮影すると色味が微妙だったので、他に気になった作品はご本人のウェブサイトを探してみることに。 ◎井上ゆかりさん 今回優秀賞を受賞されていた井上ゆかりさんのHP,SNSは見つけられませんでした。久しぶりに公募展を見に行った感想は、「たった1枚で審査するのって難しそ~」ということ。相対評価なので、もしかしたら順位付けをすることはそこまで困難ではないのかもしれませんが、絶対評価としてその作家が「いい」かどうか、どんな作家なのかは、他の作品も見てみたい気がします。そういうこともあって、ちょっといいなと思った作家さんはなるべくチェックして、毎回は難しくてもなるべく展示に足を運ぶようにしています。写真の引用元はFace2018展の受賞・入賞者紹介ページ。   ◎安藤充さん 引用元は、ご本人のウェブサイト。うん、かなり面白い!作風も安定している感じがします。今度展示される時は是非見に行きたい。そして直接お話ししてみたいです。メモメモ。大学/専門学校などは特に書かれていませんが、独学なのでしょうか。   ◎藤田遼子さん こちらの方もHP,SNSみつからず。ただ、90年生まれの多摩美の方のようですね。またどこかで作品にお目にかかれることを楽しみにしています。   ◎三毛あんりさん 引用元はご本人のウェブサイト。会場で見た作品は、もっと爽やかな印象だったので、ウェブで作品一覧を見て、少し意外。もしかしたら、写真の写りが少しくらいということもあるのかもしれません。三毛さんも、だいぶ作風が安定されているようですね。   公募展は、一同に作品が見られるので、気になる作家がチェックできていいですね。今年度も新しくたくさんの作家さんと会えることを楽しみに、展示レポ、インタビュー、更新していきます!どうぞよろしくお願いいたします。 ----- (書き手:河口)

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