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Column

    アジアで活動する現代美術家、 山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。     第6回「陸と島のハレとケ」   このコラムも今回の第6回で、とうとう最終稿を迎える。昨年11月から12月にかけて、上海ー杭州ー沖縄と移動が続いたので、その間の出来事や感情を赤裸々に綴らせていただき、コラムを締めくくろうと思う。   上海龍美術館西岸館   11月に上海のグループ展に参加した。上海龍美術館西岸館にあるHWA’S GALLERYで、ミヅマアートギャラリーの三潴さんがキュレーションした日本人作家6名による展覧会だ。   展覧会「優しい眼差し」会場入口   中国滞在中にはいくつかのグループ展に出展させていただいてきたが、コマーシャルギャラリーでの出展は初めてだったことに加え、最年少だったこともあり、慣れない環境に緊張しっぱなしだった。同時期に上海アートフェアがあり、アートを購入する気に溢れた上海の富裕層アートファンの方々がオープニングに集まった。平凡な家庭に生まれ育った私は、もしもアートの道を選んでいなければ、この方々と出会うこともなければ、異国で同じテーブルを囲い交流をするような接点はまずなかっただろう。私にとっては非日常な日々を連日盛大にもてなしていただき、その寛容さに驚いた。   会場風景   上海の展覧会を通して、改めて中国のスケールは桁が違うと実感した。私の身近なところで言えば、自身が所属していた杭州の中国美術学院。ここの中国人学生達は受験戦争を勝ち抜いてきたエリート達だ。北京の中央美術学院と並ぶ中国トップの美術大学で、日本でいう東京藝術大学美術学部のような立ち位置だとよく耳にするが、受験の規模は大きく異なる。2019年の中国美術学院の受験者は7万9千人、全学科の平均倍率は45倍。最も人気の学科(Department of Environmental Art Design)の倍率は120倍。東京藝大美術学部の2019年受験者は2771人、平均倍率は12倍。受験競争からこの数の違いがあるのだから、アートの現場も例外ではない。そこに加速するIT社会が後押しして中国のアート業界が独自の盛り上がりをみせている。   中国美術学院キャンパス内。   ハイスピードで刺激的な生活の中で、私自身は痛い目にもあった。詳しくは書けないが、とある展示に出展した自分の作品が展示会期後、紙袋に入れて適当に折りたたまれた状態で返却されてきたのである。広げてみると、作品は変色し、埃かぶっていて、蜘蛛の巣もついていた。とてもではないが見せられる状態ではない。それがずっと展示(という名の放置)されていたことに私は落ち込んだ。 ハレの日のオープニングパーティーはとても華やかだった。しかし翌日のケの日からは、きっとメンテナンスも何もなかったのだろうということが、繊細な絹の変わり果てた表情から想像ができた。運営者達は次の新たな展示の準備に追われている。これで終わっては悲しいので、この作品は染め直し別の用途で再生させてあげたい。中国に限らず、次から次へと新しいものを追って発展している時には、光当たらぬ場所で雑に扱われる破片的なものが存在している。私の作品が役目を果たした破片として扱われたことをきっかけに、改めて自分は何のために作品を作り展示をするのかを考えるようになった。作品に蜘蛛の巣を被せない未来をどう作れるだろうか。   12月を迎え、沖縄でレジデンスの機会をいただいた。作品をお披露目し撤去する、という活動自体に自分なりの意味が見出せずにいたので、成果展というハレ舞台は設定せず、オープンスタジオという名目で、ケの日を共有する場をつくることにした。対話を中心に据えた現場で、フィールドワークやドローイングを日課として軌跡をのこしていく。   ケの日を共有するオープンスタジオ「水のような 島のような」   レジデンス場所は那覇にあるBARRACK大道(通称バラック)というオルタナティブスペースだ。私が到着した時にはアートブックフェアが開催されていた。初めて来たのにどこか懐かしいような感覚。 今年のBABF主宰又吉さんのアトリエ。バラック内にて。   BABF会場   宿泊先のナハウス。BABF期間は人が多すぎて雑魚寝。   レジデンス中には沖縄染織のフィールドワークも行った。ここでも、ハレ舞台を鑑賞しにいくのではなく、淡々と作業をしているケの日の工房を覗かせていただくことにした。紅型工房、芭蕉布と芭蕉紙工房、琉球藍の農場や染織工房、サトウキビ染め組合の工房などを訪れた。これらについてはまた別の形で改めてまとめたい。   滞在中に制作した絵日記。 沖縄本島染織工房マップ(制作進行中)   沖縄は明るく優しい印象だ。しかし見えない結界を感じる瞬間が何度とある。リサーチしていく中で、一見さんお断りの個人工房の多さに驚いた。原料の産地を伺うと弟子も知らない極秘の材料だったこともある。人と人の間に、入ってはいけない見えない線引きがあるようだ。考えてみると沖縄には、物理的には入れても精神的に遠慮すべき場が多く存在する。消失した首里城の御庭(うなー)もそうであるし、点在するグスク、御嶽などの聖域、ガマ(壕)など。そのためか、見えないものが日常にあることの当たり前さが島に充満している。南風と共に輝く大地をふみしめながら、その地下にはいくつもの防空壕跡の空洞があることを思うと、見えない者の声が足元から身体に伝ってくる気がしてならない。 琉球王朝時代時代から16代目の現在まで続く城間紅型工房入口。300年の歴史を持つ。   沖縄本島から足を伸ばしいくつかの離島にも訪れた。小さな離島は橋があれば陸路で、なければ航路でわたる。橋がかかればアクセスはしやすいが、それゆえリゾート地として開発が進み、島独自の文化が失われつつある現状も見た。リゾート計画を断固拒否した島に航路で訪れた際には、その土着性に魅了された。   航路で訪れた聖地 久高島   現代社会はより便利により速く繋がることを良しとしている。しかし、橋のない孤島の魅力を体感した後には、アクセスの悪さと風土の魅力度が比例している気さえした。安易に外部と繋がることで失われる土着性の中にこそ、守るべき価値が潜んでいるのではないか。橋を架けない孤島もまた、ケの日を失わぬための「結界」をはっているように感じた。島に橋は必要か。二元論では語れないけれど、注意深く考え続けることは現代の課題だと思う。 フボー御嶽入り口   思い返せば、中国大陸のインターネット鎖国もある種の結界だった。やり方には賛否両論あるが、閉鎖することによって成熟されるものあり、独自の成長を続ける中国に目を見張るものがあるのは確かである。中国、沖縄と移動する中で出会ったさまざまな結界は、「繋がることを疑ってみること」を教えてくれた。   2020年、東京オリンピックというハレの年を迎え、日本は外と繋がっていく年になるだろう。私自身はこれまでの旅を反芻し、ケの日をどう暮らし、どう孤島の結界と付き合っていくか、ということを手を動かし考える日々になりそうだ。         ーあとがきー 皆さま、新年明けましておめでとうございます。2020年が私たちにとって、良い日々になりますように。静かに気ままに綴らせていただいたコラムは一度ここで幕を閉じます。お付き合いいただきましてありがとうございました。これからも思考を続け、芸術と共に、世界をより深く見つめていきたいです。 山本愛子     筆者プロフィール 山本愛子 Aiko YAMAMOTO 作家 ウェブサイト http://aikoyamamoto.net 1991年 神奈川県生 2017年 東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了 2018年-2019年 ポーラ美術財団在外研修員として杭州に滞在  

平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。 さて、誠に勝手ながら下記の通り休業させていただきます。 ご迷惑をお掛けいたしました、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。   【年末年始休業期間について】 2019年12月28日(土)~ 2020年1月5日(日) 営業開始は1月6日(月)からとなります。

    アジアで活動する現代美術家、 山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。   第5回「ひと息と回想」     約1年間のポーラ財団の在外研修を終え、日本に帰国してきた。(杭州10ヶ月、台湾3ヶ月。)帰国して横浜の実家に戻り、1年ぶりに本当の意味でひと息をついた。私は物心がついた頃からこの家に住んでいるけれど、長く家を離れて帰ってきた時はいつもこの場所を新鮮に感じる。「この机以外とお洒落だな」「トイレこんなに小さかったけ」「この花瓶こんな模様だったんだ」来客のような気分。家族と、猫と、そして二世帯住宅で祖母も一緒に住むこの家には、至る所に染み付いた匂いや記憶、聞き慣れた足音、ガラス越しに編み物をする手、1年前と変わらず平和に響いている。変わったこともたくさんある。弟が家を出て一人暮らしをしたこと、その部屋が父のギター置き場と化していたこと、壊れかけていた蛇口が新調してあったり、ペットの猫が太っていたり。些細な変化に気づいていくうちに、来客気分は徐々に消えていき、だんだんと現実感が増していく。逆に、つい先日までの台湾の暑い日差しや、杭州の静かな湖の景色がまるで夢だったかのように遠のいていく。人というのは不思議で、自分が今いる場所が現実で、別の場所で起きている別の現実に対しては、案外簡単に臨場感が消えてしまう。昔あんなに好きでやっていたことをパッタリとやらなくなったり、絶対にこうだと思っていたことに全く執着しなくなったりというのも、環境が人を変えていく、ということが大きいのかもしれない。気候も文化も異なる地を移動するたび、外の世界が私をころっと変えてしまう感覚を知る。自分というものがいかに自分でコントロールできない無力なものかということを体感する。無力さと旅は常にセットだ。     そういった経験も踏まえ、昨今国内外で活発なアーティストインレジデンスは、アーティストが自身の表現に新たな風穴を開けるきっかけにとても良い環境だと思う。新たな人や素材との出会いが自然に生まれること。文化や言語の壁にどう向き合うか。当たり前の生活が当たり前にできないからこそ、当たり前ってなんだっただろうか?と根本的問いを考えはじめることができる。そうして日常だと思っていた場所に帰ってきたとき、それが実はへんてこなことであったり、尊いものだったということに気づくことができる。     そういうわけでここ日本から、先日までの台北国際芸術村の3ヶ月間のレジデンスを回想してまとめてみようと思う。レジデンスに参加したアーティスト目線のレビュー(日本語)が意外とネットに少なかったので、これから台北国際芸術村にレジデンスを考えているアーティストの方をはじめ、興味を持っている方や、アーティストインレジデンスって何?という方の知るきっかけになればと思う。またアーティストのみならず、キュレーターやフォトグラファーなど運営側のインターンも行われているのでそちらに興味のある方にもオススメできる場所だ。   ウェルカムパーティーでの自己紹介の様子 (台北国際芸術村)   まず台北国際芸術村のレジデンスは2箇所ある。市内中心部にある「台北国際芸術村(Taipei Artist Village 通称TAV)」と、やや郊外の「寶蔵巌国際芸術村(Treasure Hill Artist Village 通称THAV)」だ。私は後者のTHAVに申請し滞在した。どちらも毎年公募か、あるいはアーティストの滞在交換プログラムがあるようだ。日本からはBankARTなどが提携していて、毎年1組づつ、台湾のアーティストが日本へ、日本のアーティストが台湾へ行き、制作を行うというアーティストの交換プログラムが行われている。申請から滞在まで1年ほどかかった。平均2〜3ヶ月の滞在が可能だ。    台北国際芸術村(TAV)   TAVは、THE 都市!という感じのモダンな環境。滞在部屋も立派で、広い部屋だと50人は入れそうな講義室くらいある。ダンサーの方なら部屋で稽古ができそうだ。施設内にはダンスホール、音楽室、写真用の暗室と機材一式など申請すれば使用できる。展示会場、カフェ、その他様々充実している。また都市中心部なので材料調達もしやすく移動も何かと便利。都市部でリサーチなどを行う人や施設内の設備を日常的に使用したい人はTAVが最適だと思う。   アーティストトーク前の様子(TAV)   THAVはTHE 村だ。30分あれば一通り回れる広さ。入り口にお寺があり、毎回門をくぐって中に入る度、なんだか神聖な気持ちになる。元日本軍の軍事施設だった場所で、シェルターなども残っている。(現在はギャラリーとして使用されている。)村の中にはカフェ、雑貨屋、歴史資料室、木工室(申請して機材が使える)、自作カメラ屋、ゲストホテル、台湾作家たちのスタジオ、ギャラリースペース、アーティストの住居、そして90年代から住んでいる地元住民もいる。訪れるだけで歴史や自然を感じられる場所だ。滞在部屋は私の部屋が一番広かったようだが、(H)2m*(W)1.5mの平面作品を頑張れば2〜3点同時並行で制作できるくらいの広さだった。ものすごく大きな作品を作るのは難しく、工夫が必要だ。機材や過去の滞在作家が寄付していった備品などがストックしてあり使用可能でとても助けられた。徒歩5分で市場やコンビニ、年中無休の路上屋台があり暮らしやすい。中心部までメトロで5~6駅なので不便さは感じなかった。   寶蔵巌国際芸術村(THAV)   安全面、生活面の心配は特になかった。TAV、THVAどちらもキッチン、トイレ、シャワー、洗濯機、給水所などしっかりとした設備があり、守衛さんが24時間滞在してくれている。何より運営の方々が本当にしっかりしていて驚いた。時間厳守、道具の管理、日本より几帳面!?と思うことも多々。TAV、THAV合同で定期的にミーティングやトークがあり、ウェルカムパーティー、住民とのカラオケ会(野外で笑)、また私は秋滞在だったのでお月見BBQ会を開いてくれたりと、ありがたいセッティングがたくさんあった。人との交流が自然と生まれる場所であり、かつプライベートな時間はしっかりととれる、とても良い環境だと思う。   Tintin patrone パフォーマンスの様子(THAV)   アーティストは滞在最後に展示を開催することができる(しなくても良い)。私の会期ではTAV滞在作家はTAVでグループ展、THAV滞在作家はTHAVでそれぞれの個展を企画した。パフォーマンスやワークショップも、提案すれば日程や場所を調整して運営の方のサポートの上行うことができる。同時期に滞在していたパフォーマーのアーティストは、台北国際芸術村公式Facebookなどでワークショップの告知をしたところ20名ほど集まり(台湾の遠方から来る人もいた)、彼らと一緒にパフォーマンスライブを実現するなど、現地の人たちとレジデンス施設で作品を作り上げることも可能だ。   張翀 個展(THAV シェルター)   Yasen Vasilev 個展(THAV Crossギャラリー)   山本愛子 個展 (THAV Frontier ギャラリー)   長谷川寧 (TAVギャラリーグループ展)   また、アーティストのみならず国内外のキュレーターのインターンも活発に行われている。アーティスト同士の交流が行われるレジデンスは多いが、若手キュレーターとアーティスト間の交流があるのは台北国際芸術村の魅力の一つだと思う。私の滞在時は、台湾、北京、マレーシア、イタリアからインターンに来ていた方がいた。今回私はTHAVで個展をさせていただいたが、その個展に関するインタビューをインターンの若手キュレーター達が自主的に作ってくれた。興味ある方は是非こちらから(英語、中国語)。こういう横のつながりができることはお互いにとって嬉しいことだ。私たちの世代がどんな未来を作っていけるだろうと、わくわくさせられる。芸術や文化を通して交流をし、互いに学び、それを作品という形でまた他の人へと届けていく。このような文化的活動の中で表現を深めていくという行為。これからも続けていきたいと改めて思った台北滞在でした。         以上、ざっくりですが、滞在して感じたこと得たことなどを共有してみました。このコラムもかなりマイペースにやらせていただいていますが、ひとまず残すところあと1回となりました。来週からは、展示のためまた少し中国上海へ行ってきます。同時期に上海ではアートフェアが行われるようなので、次回はそのあたりをコラムで触れられたらいいかなあと思っています。(が、気が変わる可能性も大です。)それではまた、どうぞお付き合いくださいませ。     筆者プロフィール 山本愛子 Aiko YAMAMOTO 作家 ウェブサイト http://aikoyamamoto.net 1991年 神奈川県生 2017年 東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了 2018年-2019年 ポーラ美術財団在外研修員として杭州に滞在  

    アジアで活動する現代美術家、 山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。   第4回「記憶という糸、歴史という布」   私はいま台北宝蔵巌国際芸術村いる。ここに来て早1ヶ月半。灼熱の太陽、虫の音が止むのは夕立のときのみというほど、生命の活気が日々全身に染みわたるような土地だ。台北国際芸術村のレジデンスプログラムの一貫で、私はここに3ヶ月間スタジオ兼住居を提供していただいている。9月の台北での個展に向け、滞在制作折り返し地点というところだ。   宝蔵巌国際芸術村 Treasure Hill Artist Village   ここ数ヶ月、私は「記憶」にまつわる旅をしている。というのは、現在私は展示に向けて「記憶のタペストリー」を作っていて、それにまつわるリサーチや素材集めを行っている。また、先月初めまでは「記憶の痕跡」というテーマの授業を中国美術学院で行っていた。   中国美術学院での授業の様子   授業内容は、簡単にいうと布と染めを使って皆で遊んで学ぶというもの。染色をしていると、環境をよく観察するようになる。授業のある日、晴れたり曇ったりと不安定な天候の日があった。皆で雲の動きを見つめ「次の雲が去ったら15分くらいは晴れそうだね」などと会話をし、そのタイミングを見計らい布を日光に晒しにいく。他者と一緒にじっと雲を見つめるというシンプルな行為。大人になるといつしか「普段やらないこと」になっているのではないだろうか。   雨の日は、雨の日にできることする   光の記憶、大地の記憶、空気の記憶。自然の力で染めた布は、それら記憶の痕跡。自然現象と触れ合いながら制作をするという尊い時間を他者と共有できたことに、授業の価値があったのだなと思う。   成果展「記憶の海」搬入の様子   そして今、私のいる宝蔵巌国際芸術村。この芸術村はかつて、日本統治時代に日本軍の軍事施設だった場所である。戦後、台湾にやって来た国民党軍がそのまま軍事施設として利用。70 年代、軍の撤収後も老兵や退役軍人が住み着いた。80 年代に存続の危機があったが反対運動が続き、2004 年に正式に歴史的建築物として登録、集落の保存が決定。2010 年に住民と芸術家が共存する国際芸術村になり、今に至っている。   宝蔵巌国際芸術村 Treasure Hill Artist Village   今日こうして平和な環境の中で制作活動ができていることに重みを感じる場所だ。今が大きなうねりの果ての最先端ということを実感し、これからのためには今何ができるだろう、ということを自然と考えされられる。私以外に10名ほどの国内外アーティストが滞在し、期間中にトークや交流会が盛んに行われている。   台北国際芸術村 滞在アーティスのトーク等が定期的に行われている     先週、台湾原住民タイヤル族の住む清泉部落に行ってきた。タイヤル族は麻織物が有名で、その制作過程のリサーチを目的に訪れた。車窓から美しい山々が見えてくると、自分の心身が喜んで呼吸しているのを感じる。   清泉部落   タイヤル族の部落で出会った同年代くらいの女性が、私が日本人だとわかると、鳩ぽっぽを急に歌い出した。え、なんで知ってるの?と聞くと、よく祖母が歌ってくれたからだそう。年配のタイヤル族の方には日本語が流暢な方が多く、私を見ると嬉しそうに日本語で話しかけてくれるのです。   タイヤル族と共に、布を羽織らせてもらった   布を織り、ご飯を食べ、ギター1本を囲い歌ったりと、何とも素敵な時間を過ごした翌日、帰り際に山郷にある民族記念館に訪れた。そこには日本人による慰安婦などの負の歴史も残っていた。 今日という日までに、一体どれだけの人が理不尽に傷つき悲しんだのだろう。アジアの美しい暮らしに触れるたび思うのは、そこには負の影が表裏一体ということだ。           部落から台北へ戻る道中、特急列車でひとりぼんやりと、美しい山奥でパッタンパッタンと布を織っていたタイヤル族のおばあちゃんを思い出す。そしてふと、 個人の記憶が糸だとしたら、その糸で織り成した布が共通の歴史なのかなぁ、などと考えた。 おばあちゃんは「織りの基本になる糸の成り立ちを知ることが最も大切」と言って、植物が糸になるそのプロセスを私たちに一番念入りに教えてくれた。タイヤル族は、カラムシの茎から麻糸を作る。    カラムシの茎を刈るタイヤル族のおばあちゃん   私たちは山を分け入り、野草のカラムシが生えているところまで歩いていった。 炎天下の山懐で、カラムシの葉っぱをちぎって食べてごらん、すりつぶして肌に塗ってごらん、とタイヤル族が私たちに教えてくれた。言われるままにやってみると、葉は薄味だけど、ちょっと粘り気があって噛み応えがあった。カラムシは糸にもなるし、食物にもなるし、虫除けや塗り薬にもなる。糸になる前の植物は、様々な可能性を秘めている。     個人の記憶が糸だとしたら、糸になる以前の植物自体が個人そのものなのだろうか。 今を生きるあなたや私も、野草のカラムシなのかも、と妄想した。     生成される糸の質感は、カラムシの茎の長さや太さによって様々だ。それは、風土がどのようにその茎に影響をもたらしたか、という背景である。 様々な風土の記憶を持つ無数の糸が織り重なり一枚の布が出来上がる。布を構成する一本一本の糸を見つめ、その糸がかつて植物だった頃のこと、当時の土の匂いや燦々とした陽光を感じとることは、まさに歴史を紐解く行為だ。   うろ覚えの鳩ぽっぽを笑顔で歌ってくれる目の前の彼女に対し、なぜ歌えるんだろう?という好奇心を向けたとき。理由を知り、彼女の祖母の歌声が重なって聴こえるような気がしたとき。この糸はかつてどんな植物だったんだろう、どんな大地に生まれたのだろう、と想いを馳せたとき。遠いと思っていた歴史が、ぐっと近づき自分事になってくる。         筆者プロフィール 山本愛子 Aiko YAMAMOTO 作家 ウェブサイト http://aikoyamamoto.net 1991年 神奈川県生 2017年 東京藝術大学先端芸術表現科大学院修了 2018年から現在、ポーラ美術財団在外研修員として杭州に滞在中。

平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。 さて、誠に勝手ながら下記の通り休業させていただきます。 ご迷惑をお掛けいたしました、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。   【夏季休業期間について】 2019年8月10日(土)~ 2019年8月18日(日) 営業開始は8月19日(月)からとなります。

    中国 杭州に滞在する現代美術家、 山本愛子が全6回に渡り、旬なアジアのアートコラムをお届けします。   芸術の季節 - 南京・杭州にて   月1を目処にコラムを執筆する話だったが、6月分を更新できておらず、怒涛の月日が過ぎ去っていたのだと気づく。中国の5月末~6月は展覧会シーズンだ。ものすごい数の展覧会やアートイベントがあちこちで一気にオープンする。私もこの時期にいくつかの展覧会やプロジェクトに関わったので、前半/後半に分けて記事にする。前半では、この時期に私が参加した3つの展覧会を通して中国アートシーンの一片をご紹介できればと思います。 24時間美術館(南京) まず、5月末にオープンした南京24時間美術館での展覧会“罗曼蒂克的写法”について紹介したい。(現在も展示中、10月30日まで)。去年末から水面下で進めていたものだ。杭州で出会ったキュレーターの宋振熙(Song Zhen Xi)氏からのお誘い。近年、彼の名を見ないことがないほど、中国で精力的に活動している若手キュレーターである。彼は一体何人いるんだという仕事っぷり、聡明でチャーミング、そして一児の父でもある。戦っている人だなあと思う。 アーティスト達と話すキュレーターの宋振熙(Song Zhen Xi)氏(右) 宋振熙氏の企画展 “罗曼蒂克的写法”(和訳:ロマンスのえがき方)、彼がセレクトした5名のアーティストが個展形式で展示をする。一般的な美術館とは異なり、広場にガラス張りの建物が点在していて、いつでも市民にオープンに向けられているのが特徴だ。展示オープニングではパーティーで交流を楽しみ日暮れからツアーを開催した。 古师承(Gu Shicheng)《RICH SHOP》 富と名声を虚しいロマンスと捉えた「RICH SHOP」24H営業のコンビニエンスストアをイメージした空間でハイブランドを皮肉ったパロディ商品を販売している。   王玮珏(Wang Wei Jie)《够了 - Enough》 全て羊毛でできており、ニードルを刺し続け羊毛を縮絨させるという労働(暴力的な)によって制作されている。この写真だと見えないのだけど奥にダブルベットがあり、ひも状のものがへその緒で、その先に赤子が浮いてるという空間。   王海龙(Wang Hao Long)《DVD的爱》   刘影(Liu Ying)《蝴蝶飞不过沧海》    山本愛子《幻影風景》 私は「現実を見据えた奥にある幻想」というコンセプトで、日々の騒がしさでかき消されてしまう自然現象に感覚を向けることを鑑賞者に促した。そこから見えてくる原始的な風景を、今回の展示では”幻影風景"と呼んだ。   象山芸術公社で行われた第1回浙江国際青少年アートウィーク会場の様子 南京と同時期にオープンしたのが、杭州で初めての芸術祭「第1回浙江国際青少年アートウィーク」だ。中国美術学院の卒業制作展と若手作家による芸術祭がミックスしたようなイメージである。五四運動の100周年記念企画で、3000名以上のアーティストと美大生が参加した。大規模すぎてどこから紹介したら良いかわからないので、私と同じ展示会場で私の好きな作品、そして鑑賞者からも人気があった2名のアーティストの作品を紹介する。 刘帅(Liu Shuai)《無愛想な演奏1 / Unaffectionate performance1》   刘帅(Liu Shuai)《無愛想な演奏1 / Unaffectionate performance1》 摩擦と振動によって音が鳴るキリギリスの羽。各キリギリスに大きさや重さの異なる銅箔を装着することで音のピッチを変えている。共鳴する習性があるため、展示会場では不規則に彼らのコーラスを聴くことができる。     刘帅(Liu Shuai)《無愛想な演奏2 / Unaffectionate performance2》 電気ウナギが金属の棒に触れた時、体内の電流によって音が生じる仕組みになっている。     刘帅(Liu Shuai)《大槐安国 - 消化から生産まで / Huai’an State - from Digestion

  株式会社MeltingPotは日本から世界的な現代美術家の輩出を目指し、エイベックス株式会社と協業開始致しました。 これに伴う第一回目のイベントを7月25日(木)~27日(土)、表参道にて開催致します。 --- MeltingPotリリースPDF MP_20190701 イベント特設ページ expose2019.com avex news

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