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Column

作家インタビュー第5弾は、福井伸実さんです。木床亜由実さんからの紹介です。 福井さんは、武蔵野美術大学油画科を2013年に卒業されて、現在も多岐に渡る創作活動をされています。おそらく最も多くの人が目にするところだと、ゲスの極み乙女。/アルカラ/さめざめ等、ミュージシャンへのアートワーク提供でしょうか。 そういったメディア媒体では作品を拝見したことはありましたが、ちょうど14名のアーティストが元職員寮を舞台に柴の魅力を伝える宿をつくる、というプロジェクト(https://motion-gallery.net/projects/futenarthostel)に参加されているということで、先日見に行ってきました。 そして、インタビューは初対面にも関わらず、またしてもアトリエにお邪魔させていただきました。 河口:こんにちは。ミュージシャンのジャケットは、よく知っていましたが、それを描かれている方は知らなかったので、今日お会いできて嬉しいです。 福井:ありがとうございます。 ー福井さんのHPを拝見すると、本当に幅広く活動されていますね。イラスト、絵画、ライブペイント、作品の発表媒体もLINEスタンプやグッズ制作など。 他メディアのインタビュー記事を読んで、その中に作品を「イラストと言われるのは当初違和感があったけれど、それは自分が決めることではなくて、見る人それぞれが自由に決めてくれればいい」という記述がありました。でも、ご自分のことを人に説明する時は、どのようにされているのですか? 福井:自分の活動を一言で説明することができなくて、「恋する絵描き」というのを自分でつけたんです。今大学を卒業して5年目ですけど、3年前くらいだったかな。アーティストっていうのは自分にとってはかっこよすぎるし、クリエイターっていうのもちょっと違う。 「絵を描いています」っていうのが自分の中で一番しっくりきます。大学在学中にイラストの方が注目されてから、人から「イラストなんですか?」「アートなんですか?」と聞かれる時期があったり、絵を描くのも何のために描いているのか分からなくなった時に、思い返してみると恋とか愛とかをテーマに作品制作していたことや、絵を描くこと自体に対して恋する気持ち、絵を描くことを盲目的に愛しているその初期衝動だったり、そういう、「好きだ」っていう気持ちを忘れないようにしたいなっていう思いがありました。 ーそうなんですね。木床さんから紹介いただく前まで、作品だけ知っている状態では、てっきりイラストレーターの方が描かれているものだと思っていました。美大の絵画や彫刻等の学科に入るとマーケットの違いはあれど、アート業界に入っていく人がほとんどだと思いますが、美大、しかもデザインではなく絵画科を通過してこういった大衆化したアウトプットをされていることが興味深いです。 もともとどのようなところから美術に興味を持ったのですか? 福井:それは、絵を描くのが好きで、それで褒められてきたということでしょうか。それこそ、おばあちゃんの家に行って、カレンダーにパパッと描いたものが褒められる、お手紙の端っこに描いたものが褒められる、そこから始まって、ぱっと作ったものが褒められてそれが嬉しいというのは常に軸としてあるのかもしれません。 ーそう考えると、美大、というか美術教育を受けることってむしろその逆にあるというか。その辺はどうだったんですか? 福井:そうですね、美大は思い返すと、つらかったといえばつらかったですかね。大学に入って、急に絵を描くことに理由が必要になったんです。絵を描くことについても、何かモチーフをひとつ選ぶにしても。それは今思うと大事なことだったけれど、理由がなければ絵を描いてはいけないのか、言葉にして説明できなければいけないのか、と。そうすると、どんどん絵が説明的になってきて、その絵は私にとっては全然面白くはないんですよね。 ーこの辺の絵は結構楽に描けているものでしょうか? 福井:そうですね。 ずっとドローイングは続けていて、この感じがいいよって周りにも言われるようになって、そこからはドローイングのテンションをどうやって絵画に落とし込んでいくか、と考えていて、最近少しずつできるようになってきたかな。 ーでも、絵を描くきっかけだったり、作品の発表媒体への良い意味での固執の無さを考えると、ドローイングで評価を受けてきて、何故それを絵画にする必要があるんですか? 福井:ね、ほんとですよね、それはそうなんですよ(笑) んー、でも、やっぱり残るものでありたいっていう気持ちがあって、制作におけるコンセプトとしても。絵の強さって、ずっとそこにあり続けることができることだと思っていて。個人的な感情をコンセプトにして、その感情をドローイングにのせると儚いんです。でも自分のエゴを超えて、そこにあり続けるものとして人の救いになりたいから、挑戦していきたいです。 ードローイングは机の上に置かれているものだけでも、かなりの枚数が見えますが、どのくらいの頻度で描かれているのですか? 福井:なるべく1日1枚描きたいところですが、実際には2日に1枚くらいかな。絵を描いていると言葉が頭の中で回っているような感覚で、特に題材を探しに行かなくても楽にかけます。 ーそういった言葉って、映画や本などから取り入れたもの、それとも人に言われた言葉ですか?否定的なもの、肯定的なもの? 福井:人に言われた否定的なものが多いですね。でも、論理的な言葉ではなく、断片的な、投げつけられるような感じの言葉です。 ーとすると、絵を描くことはある種の浄化作用ですか? 福井:ほんとそうだと思います。もともと絵は暗かったので。悲しいことは悲しいままに描いていて。 ーそれは意外ですね。今の作品はむしろ軽やかに見えます。どうして変えた/変えられたのですか? 福井:それは、愛されたいっていうのがあるかな。その方が難しくないというか。人間も悲しいことを悲しいと言ってる人よりは乗り越えた人の方がかっこいいじゃないですか。母がそういう考え方だったことも大きいかもしれません。 周りにも暗いねとか怖いね、とずっと言われてて、自分でびっくりしたんです。怖いと思って描いてなかったので。それで、認められたい、愛されたい、という方向に行っていたら、自分自身の作品も変わっていきました。 あとは転機というと、大学の卒業制作が大きかったですね。 この時に、それまでは悲しいこととかを描いていたのが、はじめて自分とかけがえのない存在を描いて、それを絵にして、絶対的なずっと存在してくれるものにするっていう形が出来ました。これだな、という感じになって。 エゴというか、よくオナニー絵画っていう言い方するじゃないですか。そういうのじゃなくて、そういうのじゃないっていうのも自分で決めることじゃないかもしれないですけど、想いを残したいとか、絵画である意味とか、自分にとって絵ってなんだろうっていうのが見えてきました。 ー先ほど、恋や愛をテーマに描いているという話はありましたが、作品を通して人に伝えたいこと、表現したいことはありますか? 福井:誰かに何かを狙って共感してほしいというよりは、そこにあるものとして共感してくれたら、私は幸せです、っていう感覚です。作品に対しては、「愛してよ、分かってよ」っていう気持ちを詰め込んでいるんですけど、それが作品として成立したら、鑑賞者がどう受け入れるかは自由にしてもらいたいです。もう、そこから私には何も求めないで欲しい。もうそこにあるものとして存在するから、あなたがどういう感情をのせてもいいし、どういう評価をしてもいいから。 ーあくまでも絵を描くことで一通り完結して、完成した作品を通して人に何かを伝えたいということはない? そうですね、ないですね。誰かの想いがのることは望んでいますけど。 色んな事は儚いという意識は根本にあって、ジレンマですよね。愛したいけど当たり前じゃない、離れていくものなんでしょ、みたいな。私は愛されたい。愛という儚いものを絵にすることで、絶対的な、そこに存在しているものにしたい。 ー先ほどの質問からの繰り返しみたいになりますが、入りがドローイングという儚いものであったとしても、だからこそ、それを絵画にしていく必要があるということなのですね。 題材についての質問ですが、ほとんど女の子を描かれていますよね。それはずっと一貫したものですか? 福井:そうですね、女の子は想いをのせやすい、投影しやすいから。 ーでも、決して自分じゃないんですね。自分だったことはあるのですか? 福井:あえて自分じゃなくしてます。自分だと距離があまりにも近くて、見るに堪えないじゃないですか。それを買いたいとはほとんどの人は思わないでしょうからね。 ーなるほど。アートに限らず、影響を受けた表現者はいますか? 福井:私は自分の個人的な感情を描くことをずっと続けているので、好きな作家というと難しいですが、大槻香奈さんや、是枝監督は好きです。無理してなくて、ちゃんと自分の中から出てきている、漠然というと、”そこ”に寄り添っている。私の好きなものはそうだし、そこへの憧れもある。 ー個人的な感情ということは今も常に軸としてありながらも、エゴから始まって、そうじゃなくて想いを強くする、人の救いになる役割を絵が担うようになった、というところがこれまでとすると、これから自分の絵ってどうなっていけばいいな、とか今後のさらなる展開はどのように考えていますか? 福井:ずっと描いていきたいなっていう当たり前のことを、でも難しいことだからこそ思います。ドローイングのテンションを大事にどう作品にするか、意識がないような絵をどう意識してつくるか。 あとは、大きい作品は今まであまり描いてきていないですが、公募展に出さなきゃと思って、今大きい絵を描こうとしています。 ーそうなんですね。勝手な先入観で大変申し訳ないですが、今の活動のされ方をみると、あえて公募展に応募しない方向性だと思っていたのですが、そういうことではないのですね。 福井:はい。ほんとはしたいっていうか。大学であまり評価されなかったので、だからどうせ認められないんでしょ、みたいな気持ちを持ちながら、ありがたいことにイラストの方がニーズがあったので、それをばーっとここ数年やってきました。でも、見た目が軽いっていうのは良さでもあるけど弱さでもあると思うので、これからは公募に出して認められていきたいですね。 いろんなプロジェクトに関わらせていただいたりしていますが、それはありがたいことに人の縁で出来たことだったりするので、「福井伸実」ひとりの作品として認められていきたいです。公募に出していくことは、必要なこと、義務なんじゃないかな。まだ名も無い私の絵を買ってくれたり応援してくださる人へ恩返しをしたいという気持ちと、描くことを続けていく上で評価は必須であるということです。 ー柴又FU-TENの天井まで描きこんである福井さん担当の部屋を見てきて、それからこうやってお話しさせていただくと、愛されたいとか、そういった満たされない想いが作品の主題としてはありながらも、最も根本的な軸に「絵を描くことが好き」ということが強くあることを感じます。 もちろん、創作活動を行っている人は誰しも作る行為が好きであることは共通していることだは思うのですが、福井さんの場合はそれがご自身を突き動かしている一番の原動力であるように感じるんです。非常に漠然とした、質問というよりも、ほとんどボヤキですが、「好き」って何なんでしょうね。 福井:なんなんだろう、、好きって。 やっぱり、そこで認められていったっていう幼少期の記憶が大きい気がしますね、この年になって。 アートだと海外に行くのが主流だったりしますけど、大事な人がいる場所で、絵を描くことを続けている、ということの方が自分にとっては大事です。お母さんとか、大事な友達、死んだ犬とかにとって恥じない人間でいたい、絵を描いている自分でいたい、と思いますし、それが自分にとっての糧です。 ー最後になりますが、こだわりの道具や制作においてこだわっている部分があれば教えてください。 福井:なんでも使うからなー(笑) ーすごい出してきますね。逆にこだわりがないのがこだわりでもいいですよ・・・ 福井:これとかはライブペイントで着る時の服です。何パターンかあります。自分で描いたものですがやっぱり、お客さんにも楽しんでいただきたいですからね。 あとは、道具でいうと、このホルベインの筆とポスター紙ですね。以前、「HOLBEIN OPEN STUDIO」と称してホルベイン社の画材を使用した公開制作をやらせていただいたときに、この筆が衝撃的に水の含みが良くて感激し、今も大切に使っています。この紙はドローイングをスキャンした時に波打ちが出ないので重宝しています。 ―今日は長い時間ありがとうございました。  

諏訪 葵、村上直帆 『near Phenomena』 企画:小林太陽   5月6日、西荻窪の中央本線画廊で行われていた展示『near Phenomena』にお伺いしてきました。清水の油画専攻の同期であった諏訪葵さんが出展されていた関係で、今回こちらの展示を知ることができました。出展作家は諏訪葵さん・村上直帆さんの2人で、諏訪さんいわく企画の小林太陽さんにお誘いいただいて今回の2人展示の形になったのだそう。 こちらが会場の中央本線画廊。外観からしてとても面白い。予想外の雰囲気にワクワクしながら、向かって右手のガラス張りの扉を開けます。 中はとてもこじんまりとした空間のため展示全体を写真に収めることが難しかったのですが、入り口側の明るめのエリアと奥側の暗い映像エリアとに分かれている形でした。 入ってすぐの場所に、まず諏訪さんのインスタレーションが設置されていました。 黒、透明、濃オレンジの液体…といった視覚的要素が繋げられて組み立てられています。 私は在学中に諏訪さんの作品展示を何度か見てきているのですが、今回のキャンバスへのモノトーンのドローイングは初めて見るスタイルのものでした。 奥の暗めのスペースには映像ディスプレイが2つと、左の映像の出力元になっている液晶の壊れたノートパソコンが一緒に設置されていました。この壊れた画面がとてもかっこいい。私には都市の夜景を上空から見下ろしたもののように見えました。 諏訪さんの制作では水や液体がキーになっていることが多いのですが、液晶画面も液体といえば液体が関わっている現象の一つですね。 まずは展示空間の左上に位置する映像について。白っぽいベースの画面上を黒い粒子のようなものが人為的にぐるぐる動き回る。素材の分かりにくい図像のようなパターンと、シャーレ上で砂鉄のようなものが動いているのだと判明できるパターンとがありました。 こちらからは見えない裏側で磁石が動き回ったり、たまに離れたりしているのでしょう。黒い粒子が引っ張られるように動いたり集まったり、磁石が離れた途端脱力したようにゆるんだりしています。 まりも状に集まった瞬間がなんだか気持ちよい。 諏訪さんいわくこちらの黒い粒子は砂鉄とは異なる高価な素材なのだそうですが、いい画が撮れそうだと考え制作のために用意したそうです。   続いて右側の映像について。透明な液体の中にゆっくりと浮かぶ濃オレンジの液体の映像なのですが、黒背景と白背景のパターンがあり、黒背景の方はまるで宇宙に浮かぶ太陽と星々かのように見えて印象的でした。 小学生の頃、フラスコに入った水を振ると色が変わるという理科の実験を先生が見せてくれたこと、その時の衝撃が諏訪さんの現在の制作動機の起点になっているそうです。化学実験の美しさに惹かれた彼女は、化学か美術かどちらの進路を選ぶか迷ったそう。 過去に諏訪さんの制作コンセプト文を読ませてもらった中で強く印象に残っているのは、「科学(化学?)の世界では、実験などの現象というのは1つの結論のために必要なものを取捨選択されてしまうけれど、そこで除外されてしまうような多様な現象それ自体の美しさや面白さ、そこを大切に着目していきたい」といった内容でした。正しく要約しきれているかは分かりませんが、諏訪さんが最終的に美術の方を選択した理由にはそのような視点があるようです。 最近の諏訪さんの制作と表象については、東京都美術館のとびラープロジェクトの方々によるより詳細なインタビュー記事が存在していますので、紹介させていただきます。 http://tobira-project.info/blog/2017_suwa.html   暗い映像エリアから振り返って明るい入り口側のエリアに目を向けると、今回は1点だけ展示されていた村上直帆さんの作品が正面に見えました。 所々に文字が書かれているのも見え、どこかの土地の地図であるかのような印象。表面の質感が多様で面白かったです。どんなことが込められているのか、制作についてお話を伺ってみたかった。   ここで入り口側に戻り、最初に紹介した諏訪さんのインスタレーションについて。 透明な液体が溜められた細長い大きな水槽の両側2ヵ所に、濃度の高そうな赤っぽい液体が非常にゆっくりポタリポタリと滴っていきます。水面に当たって軽く沈んだあと、一度水面に浮かび、また水底に向けて沈んでいく液体の動きが不規則で面白く、じっと眺めていても飽きない魅力がありました。その水槽を片側から拡大撮影している映像が水槽の下部に同時にディスプレイされています。 バラバラに動く液体の粒が時々連なって、縦に糸状に伸びる瞬間もありました。 単純に見ていてきれい、かっこいい、面白い。それに加えてその裏側にはたくさんの考えや事象が込められてもいるので、流れていくものたちを眺めながら話を聞いたり推測したり、無限に味わえる要素があります。   最後は、その向かい側のエリアへ。 壁には今回の展示のコンセプト文と、入り口側にもあったものと似たドローイングと液体インスタレーション、そして棚はまるで実験室のような趣で、ガラス器の作品が並んでいます。 こちらの赤い液体は先ほどのものとまた異なった現象を起こしていて、上から覗き込んでみると本人いわく「腸みたい」でちょっと気持ち悪い。この液体がどういう力の因果でずっと左向きにだけ流れていくのだろう、と考えてみたりしたのですが、その答えが見つかっても見つからなくても作品にとっては正解なのだと思います。 棚の作品群は販売も可能な形として考えて作られているそうですが、また質感の違う黒い液体(固体?)がクールでかっこいい。ガラス器という素材自体の厚みや魅力も感じさせられます。 じっくりたくさんお話をさせてもらえたことで会場を出る頃には日が落ちてしまっていたのですが、暗くなった外からの様子も素敵だったので最後に載せておきます。 こちらの中央本線画廊は現代アート寄りの前衛的な展示企画を中心に行われている様子で、室内の構造も趣もとても面白かった。映像展示のスペース奥がバーカウンターのようだったので、飲食物の提供を行うイベントなども行っているのでしょう。 これまで踏み入ることのなかった西荻窪というエリアを初めて訪れる機会となった今回なのですが、落ち着いて穏やかでじっくり思索をするのに向いているような街の印象で、こういう場所での現代美術の活動の一端を見られたことがなんだか隠れ家的で新鮮でした。 スペースとしては小さいけれど、若い人が自分たちの意思で動かしている美術の場所、と感じられてワクワクしました。 今後の展示も是非チェックしていきたいと思います。   (清水悠子)

小学校の図画工作から始まり、中学校での美術の時間・・・全く美術というものに触れたことのない人は少ないだろう。しかし、学校教育での「美術」と、世界のアートマーケットはだいぶ性質の異なるものである。教育と売買の場の違いなのだから当たり前なのであるが、せっかくなので、ここでは簡単にアートマーケットについて紹介したい。 2016年の世界のアートの取引額は約450億ドルである。売上はオークションとギャラリーからなり、その売り上げは半々である。 オークションマーケットにおいて、日本は1980年代、アジア圏において最も美術品を輸入していた。1990年には、世界のアートの輸入額の2/3をアジアが占めるようになっており、その8割を日本が占めていた。日本企業が世界の名画を高額で落札していた時代である。そのまま作品を所有している企業もあれば、バブル崩壊とともに売却したところもある。世界のアートマーケットにおける日本の位置づけも、変化していった。 現在欧米ではアートの取引がオークションからよりプライベートな取引に移っており、オークションのアート取引額は、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの中でアジアが40%と最も大きく、その9割を中国が占めている。中国では2000年代以降、美術館や教育機関のインフラが整う前に美術コレクターが急増したのである。欧米では、美術館やギャラリーで展示を重ねて、作品の価値を上げていくのに対し、中国はオークションによって一気にアジア現代アートの価値を世界に打ち出した。その後、アートの価値を維持していくためには美術館が必要であるということから、現在、現代アートを扱う美術館が建設中である。 アートマーケットにおいて中国が台頭してきた背景には、美術品購入を資産運用におけるリスク分散の手段として考える人が多いことが考えられる。対して日本の美術市場が小規模なのは、美術品が資産としてみなされていないからといえる。中国、台湾などでは自国の貨幣よりは名画を持っていた方がよい、という考えが根底にあるのに対し、日本では通貨の安定は勿論のこと、その背後にある国、政府、社会の安定と信頼があるといえる。良くも悪くも平和な社会であり、通貨を他のモノに変える必要がないのである。 さらにもうひとつ重要なのが税制上の課題である。香港とシンガポールは共に税率が低く、原則的にキャピタルゲインが非課税である。つまり、税率が低いから暮らしやすいし資産が増えても税金をとらないことを餌に、投資家や富裕層を呼び込んでいるのだ。美術作品を購入するだけなのであれば変わらないかもしれないが、作品の価値が上がって売却益を得た時の税金や、保管のための施設等のコストを考えると、美術品蒐集を行うにあたって、日本は不利といえる。日本人は家が小さいから美術品を買わないという説もあるが、それよりも税金や美術品に対する考え方の方が日本でアートが「流行らない」要因であろう。 アジアにおけるアートの見本市としては、アートバーゼル香港が最大級のものである。アートバーゼル香港がここまで成長した要因については、別記事で取り上げたいが、近年のアートブームにより、アートフェア東京を訪れたことのある人はいるかもしれない。しかし香港は簡単に行ける距離なので、アートに興味を持ち始めた方は、是非ともアートバーゼル香港を訪れることをお勧めする。入場料は2万円程度と高額だが、欧米の有力ギャラリーも多数出展しており、全体のスペースもアートフェア東京の4倍ほどである。Art Museumの名の通り、博物館として基本的には「保存」「収集」「展示」「教育」「研究」を主な機能とする美術館とはまた異なり、最先端のアート動向を把握することができる。 今年は行けなかったが、筆者は2017年に初めてアートバーゼル香港を訪れた。残念ながらデータを紛失してしまったので、、、様子を知りたい方は、公式HP,Instagramを覗くと良いかもしれない。 アートバーゼル香港 instagram(※リンクはアートバーゼル。#で香港のものを検索できる) また、中国にはご存じの方も多いかもしれないが、798芸術区、という近年は観光の目玉ともなっている地区がある。ギャラリー、カフェ、個人経営雑貨店など、雑多な雰囲気である。798芸術区に関しては多くの記事があるのでそれを読んでいただければと思うが、工場跡地をアーティストがアトリエとして使いだしたことから始まる。現在は商業化が一気に進み、賃料もあがったことで、798芸術区から出ていくギャラリーもあるようだ。798芸術区からそう遠くないところに草場地区がある。こちらは著名なアーティストのアトリエもあり、798芸術区に比べて観光色の薄いものである。 写真は2017年に798芸術区を訪れた際のものである。休憩所として使われているスペースには、「毛主席万歳万万歳」の文字が見える。 各ギャラリーも、人に対して、この天井の高さ、大規模な美術館並みである。   日本のアートマーケットは世界の1%未満という話はよく聞くが、その根拠を探すことさえ難しい。世界のアート市場動向を調査する欧州美術財団(TEFAF)が毎年発行しているレポートでも、日本についての記述は、1980年代のバブル期について僅かに記されている程度なのである。 一般社団法人アート東京の「日本のアート産業に関する市場調査」によると、日本国内のアート市場規模は、古美術や洋画・彫刻・現代美術などの美術品市場が2437億円であるが、TEFAFがギャラリーやオークション会社に対して調査を行っているのに対し、この調査は個人を対象に行われているものであり調査の行い方が異なるため、単純な比較をすることは好ましくないが、上述した450億ドルに対しては約4,5%となっており、それでも日本の市場は小さいことはよく分かるだろう。   さてここまでは、日本のアート市場が小さいという話ばかりしてきたが、最近は若手の経営者を中心にコレクターが出てきており、海外のアートマーケットからもその事実は認識され始めている。日本から世界的なコレクター、アーティストが生まれてくることを期待したい。 参照:TEFAF ART MARKET REPORT 2017,一般社団法人アート東京「日本のアート産業に関する市場調査」

作家リレーインタビュー第4弾は、木床亜由実さんです。 木床さんは、武蔵野美術大学油画修士課程を2015年に修了されて、作家活動を続けられています。先日、代々木で行われていた個展にうかがい、作品の気になる方だったので、インタビューをお願いしたところ快く応じていただきました。   展示の様子 河口:木床さんとの出会いは、先日の個展で、個展タイトルは「N」でしたね。それにはどのような意図があったのですか? 木床:個展タイトルは、私の作品に何か共通する事って何かなと考えた時に、自然物を描くことが多いのでNatureだったり、絵画の理想を具象か抽象と考えた時に中立的な立場を取っているので、Neutralだったり、初めての個展だったのでNewだったりの頭文字を取って「N」にしました。意味を持つ「ことば」を展示名につけて特定の印象を与えたくなかった、ということもあります。   ―個展タイトルは作品に共通するところから着想を得た、ということですが、木床さんの作品に共通するコンセプトはあるのでしょうか? 木床:テーマは作品ごとに設定しているので、共通のコンセプト、というと難しいです。内容的には共通していないのですが、私の絵は具象では描いているけれど、個々のモチーフは絵の要素として使っていて、ストーリーというよりは、視覚的に印象に残る絵を描ければいいと思っています。 例えば、木とかは絵の構図の流れが作りやすく、有機的な形態を描く方が好きで、気に入ったモチーフは何回か出てきています。   ―構図というと、個展の中で出品されていた作品の中で、新作と旧作とではだいぶ異なるように感じました。そういった、構図や、間の取り方、には意識の変化はあったのですか? 木床:意識的な変化はないです。私の場合は、意識的にというよりは、自分の癖など、直せない部分が作品に大きく影響しているのだと感じています。 新作の大きい作品は、私の作品としては密度は少ないです。制作時間の変化は大きな要因です。一生描いていていいと言われたら、たぶんいつまでも描いているんだと思いますが、今は、時間から逆算して、作品として成立するラインを見極めて描くようになっています。「間」を作る事は得意ではないのですが、自分の環境の変化は、強く作品に影響していると思いますし、それはポジティブな形で作品に返還しています。   ―浮世絵を題材にした絵を描かれていましたよね。 下は構図の参考とした、喜多川歌麿の「歌満くら」出典元:https://edo-g.com/blog/2015/11/shunga.html/uta_makura_m 他に、どのような作家に影響を受けてこられたのですか? 木床:わたしは、そもそもの美術への入りが、アニメや漫画、ゲームだったんです。それで、小学校の頃は、ポケモン世代なんですが、デジモン・ポケモンを描いてました。   ―あぁ、小学校、そういう子いましたね(笑)。うまい子はクラスの子達から尊敬のまなざしで見られる。 木床:はい、まさにそういうタイプの子でした。ポケモン151匹描くのがステータス、っていう。 アート方面での影響というとぐっと最近の話になって、若冲やホックニーは好きですね。両方とも美術の道を志した頃に出会ったんだと思いますが、若冲は見た時から好きで、ホックニーは色はかなり影響受けているかも。 性格ミーハーなので、その場その場で好きになったものを作品に取り入れたりしています。最近の例だと、大学院時代から絵の修理工房で働いているのですが、難波田龍起っていう人の絵が来た時、埴輪の絵があって、その後すぐに自分の作品でも埴輪を描きました。思いがけない絵に出会える環境はいいですね。   ―木床さんの絵って、明るいというか、作品に全く闇がないようこともひとつ共通点であるように感じます。色使いはひとつの要素なのかな。人に見て欲しいところとかってあるんですか? 木床:色は褒めていただけると嬉しいです。私自身も明るい作品が好き。若冲とホックニーも作品に闇がないと思います。見る人に普通に楽しんでもらいたいという思いが強いんです。 私自身、もちろん毎日ハッピーというわけではないんですけど、それこそ雨だとちょっと気持ちが落ち込む、というような(笑)。でも、わたしはどうしても、描くのに時間がかかる、長期的になるので、一時の気持ちで書くということができないんです。今日は雨だから憂鬱、でもその次は晴れちゃったりして。そうすると、長いスパンのなかで結果、自分の絵になるんです。 色は、少しずつ変化しながらも、これからもこんな形で描いていくのかなぁと思っています。私は油絵具使っていますが、アクリル絵具がうまく使えないんですよね。例えるならば、アクリルはマーガリン、油はバターって感じです。料理に使うと、まったく深みが違うじゃないですか。でも、両方メリットデメリットがあるので、これから研究していくところです。   ―それはすごく分かりやすい例ですね(笑) ところで、特に思い出深い、あるいは何等かの転機となった作品はあるのですか?ポートフォリオを見ると、かなり昔の作品から入っているのですが、比較的テイストは変化していないようにも見えます。   木床:転機となった作品といえばこれですね。 予備校時代に受験絵画に慣れないときにかいたものです。とにかく受験絵画が苦手で。課題の中に取材(スケッチ)に出かけて作品を完成させる、というものがあるんですけど、もう苦手過ぎて、隠れるようにして、この落書きを描いていたんです。それが講師にばれて、あぁ怒られると思ったら思いがけず、いいじゃんと言われて。この時描いた絵は、結局油彩にしたら全然成り立たなかったんですけど、今の土台となっています。今思うと、受験はこうでなければいけない、と自分で自分の首を絞めることもあったのだと思います。   ―なるほど。受験時代はかなり苦労されたようですね。今振り返ってみると、美大とはどのような場所でしたか? いいとこでした。環境も先生もよかったです。先ほども言いましたが、自分はとにかく描いていって作品を完成させるタイプなので、受験が苦手だったのは、とにかく間に合わない、という時間的制約がおおきかったんですよ。大学に入ると時間もたっぷりあるし、作品も予備校の頃に比べれば肯定されて、憧れる先生もいて、自然と卒業後もずっと絵を描いていこうと思いましたね。大学院は樺山祐和先生のクラスで、やりたいことを見守ってくださる方で大変お世話になりました。遠藤彰子先生は、本当にものすごく大きい絵をものすごい密度で描く先生で、憧れましたね。 樺山祐和「森にうつるもうひとつの森へ-杜-」 出典元:新制作協会 http://www.shinseisaku.net/wp/archives/2462   遠藤彰子「鐘」 333.3×745.5cm 出典元: 公式HP ―大学院を卒業されて3年目ということですが、今後どのように発展していこうと考えていますか? 木床:先のことを考えるのは苦手です(笑)。とにかく制作は続けていく、毎日描き続ける、ということしかありません。   ―活動拠点についてですが、日本で活動することの意味について考えることはありますか。海外に行くことは考えますか。 木床:私の絵は、日本の絵によせていて、日本人っていうのをアイデンティティとして持っている、持ちたいと思ってるんです。日本人はとにかく手が器用。私も、描く行為に重きをおいています。それはひとつ日本人っぽさだと思っています。構図も、江戸の浮世絵を参考にすることはあって、単純にかっこいいです。憧れはすごくある。絵じゃないとできない平面性は大事にしていますね。 制作場所を海外に置くことは現段階では考えていませんが、大学にいたときも色とかアジアに受けそうと言われて、作品を海外に持っていくことで、他国の人の反応は見てみたいです。   ―最後に、この記事は広く一般の方に読んでいただくことを前提にしているので、共通の質問があると面白いかなと思っていまして、こだわりの道具や制作においてこだわっている部分があれば教えてください。 木床:ニードルですかね。絵具を付けて削って線を出す時に銅版画のニードルで出します。葉っぱも葉脈まで描いているので、使い勝手がいいです。何回も使ってると先が太くなってきて、手にも馴染んできて自分だけの道具になります。 あとは、絵のこだわりでは、砂というか土の描き方。空は、今まであんまり書いてきてなくてまだ研究中なんですが。本当に絵具ひと塗りで終わらせることができなくて、全てを描くことでしか終えられないんです。それで、土は方向性は決まってきました。 研究中の海、空はこんな感じですかね。 左上の部分です。 海はこのような感じです。 ―不得意な部分が、解決策を考えているうちに作品の持ち味になってくるのは面白いですね。ところで、この作品、木床さんが好きとおっしゃってる伊藤若冲の貝甲図に似ていませんか?! 伊藤若冲「貝甲図」 引用元:https://paradjanov.biz/jakuchu/doshoku/163/ 木床:あ、ほんとだ(笑)全然意識はしていませんでしたけど! ―今日はありがとうございました!

作家リレーインタビュー第三弾は、衣川明子さんです。松尾ほなみさんからの紹介です。 衣川さんはURANOギャラリー所属の画家、一度見ると、忘れられない非常に印象深い絵を描いていらっしゃいます。 https://urano.tokyo/artists/kinugawa_akiko/ 衣川さんの作品は実際に拝見したことはなかったので、インタビューは、山梨県清春芸術村でちょうど開催されていた「高橋コレクション 顔と抽象展」に出品されていたものを見に行き、後日雨がしとしとと降る中、アトリエにお邪魔させていただきました。 (人のアトリエに行くのが珍しく、雑談がてら、アトリエに置かれているものについて質問していると、今度6月に長野県木曽で開催される展示期間中に行うお面ワークショップの試作だとのこと。ソファに座らせてもらい、インタビューを始める。) 河口:今日インタビューさせていただく前に、大体の質問事項をお送りする、とメールしていたのですが、それが出来ませんでした。というのも、メールでもお伝えしたように、実際に山梨まで行って作品を拝見したのですが、なんというか、言葉にならないんですよね。見て、ものすごく感じるものがある。でも、この感覚を、まだ会ったこともない人に対して、うまく伝えられるとは到底思えなかった。これはもう直で話して、どんな人か知るところからしか始められないと思いました。 衣川:わざわざありがとうございます。 ー松尾さんから紹介いただいて、衣川さん存じ上げなかったので、ネットで作品見たんです。その時は、すごく暗いなと思っていたんですが、いざ作品に対面すると、案外そういう感じがしないんですよね。 衣川:そうですか?自分は、どの作品が展示されているのか知らなかったので、見に行った時、「暗いな~」と思いましたよ。(笑) (清春芸術村にある)ルオーの礼拝堂が見たかったので、それで満足だったんですが。 ーご自身の作品をそのように思われるのですね(笑)私は不思議な感覚を受けました。なんと言えばよいんだろう?私は作品を見て好きだった。でも、それが何故か説明できないんです。人に薦めるとしても、「私は好きだったからあなたも見て」としか言えない。。。だから質問項目を作れなかった、というのもあるのですが。 衣川:あぁ、それはよく言われます。語りづらいというか。 ーはい、なんとも不思議な感覚です。暗くはないんです、で、内面的なんだけれども作者の個人的な想いは超越していて、ある種の感情を見る人に抱かせている。絵に対する表現として、適切じゃないような気がするけど、これは体験するしかない。知りたいなら体験するしかない。 衣川:そう言ってもらえるのは嬉しいです。でも、それって、すごく当たり前のことだと思うんですよね。私は、技法的にはほんとに普通のことしかしてないというか。「こういう構造でこういう意味で」っていう説明だと大して言うことが無くて。 私は、ただ用事があって絵を描いているという感覚があります。モノをつくる人は、誰でもそれぞれの用事があって、つくっているんだとは思いますけど。 ー(インタビュー中に何度も「普通」という言葉が繰り返される。)創作するということは、なかなか呼吸するように普通にできるものでもないように思うのですが、大学を卒業されると、毎回講評会みたいなものもないし、どうやってモチベーションを維持されているんですか? 衣川:卒業後1年くらいは展示が重なって決まっていて、モチベーションがどうとかは特に無かったですが、それが落ち着いて、じゃあ次何しようってなりました。それまで自分だけの物だった作品が商品になるのも切り替えが難しかったですが、「作品としての価値」の話と「商品としての価値」の話を一緒くたにして聞いてしまっていたので混乱していました。いろいろな視点・立場から作品について言葉をもらい、価値の有る無しを与えられているような、求められているような感覚に勝手になったりもしていました。でも実際は、作ることや作品を扱う事に対して誠実な言葉とただの世間話の違いがわかっていなかっただけで、腐った時も身近な人の言葉に何度も助けられています。 それで千葉のアトリエに4・5年引きこもって、作品に向かっているけど描けないみたいな状況になっていましたが今はアトリエも移って、整理もついてきているので楽になっています。 ーなるほど。 衣川さんは、内的なものが作品のテーマであるように感じるのですが、そういった自分が内面に抱えているものが創作の源泉だとすると、それらがなくなることってないんですか?あるいは、絵を描くことでそれが浄化されて、いつかなくなるかもしれない恐怖とか。衣川さんの「用事があって絵を描く」という表現は、私には非常に面白く映るのですが、つまり、いつかその「用事」がなくなってしまわないだろうか、という恐怖。 衣川:内面的なものは、なくなりました(笑) ーえ?(笑) 衣川:いえ、一時的にですけど。先ほども言いましたけど、やっぱり他人の考え方とか評価が気になると絵と自分との間に距離が出てきて、絵に対する信頼がなくなってしまったんです。 私は、絵を通して何かを人に伝えたりできると思っていたんです。自分の気持ちを分かってよ、ということではなくて、自分の作品を通して人に何かを感じて欲しい。でも、自分の絵は伝えられているように見えなかったです。もっとわかりやすく言葉でも説明できるようにと考えて描こうとしたら、絵との距離がどんどん離れていきました。 ー今も絵を描かれているということは、絵に対する信頼がいくらかは回復したのかと思うのですが、それはどうやって? 衣川:うーん、自分は子供の頃から動物のことを考えていて、絵を通してそういったことを伝えたかったんです。でも、「良い絵ですね」としか見られなかったり、そうでなかったとしても、絵ってやっぱり自分の意図が正確には伝わらない。その時に、「絵なんか描いてる時間使ってもっとやる事あるんじゃないか」とか、絵の無力を感じると同時に、絵ってそういうものなんだな、ってわかってきた。自分の考えを直接的に説明したいのなら言葉を使うべきで、絵の役割は別にあるというか。自分があまり説明だけの絵が好きじゃないのもありますが。 絵を描くことは苦しいですけど、喜びや充実感もあります。描いていて、言葉がなくなる瞬間とか。言葉がなくなりつつも、絵がしゃべるように感じたり、思考とは違う感覚を使える所でもある。そっちのほうが絵の本来的な役割なんじゃないかな。 あと、動物のことを話すと、なんで絵なの?と聞かれますけど、多分、言葉で伝えられなかったからというのも大きいと思います。動物を傷つけないでと伝えたくても、同じものを見てきたわけではないから、動物に痛みが有ることを信じない人もいる。言葉でその状況を説明しても、共感する気がなければ伝わらない。それならその動物の感情をそのまま見せてやるって意識はあって、絵の方がそれができるんだと思います。 (大きいのは梱包しちゃってるけど、といいつつ、小作品を次々と押し入れから出してくれる) 自分の絵は暗いと思うんですか、暗いというか弱さがあるというか、でも感じさせたいのはそこじゃなくて、そういった暗さとか負の部分を知らないと、明るい方向には行けないんじゃないかなと思ってて。暗さや見たくないものの中に光を見れるようになりたいです。 ー動物について考えていた、というのはどういうことですか? 実家が動物愛護をやっていて、野良猫や野良犬の保護ですね。そういった動物が何匹もいるような家でした。それをずっと見ていて、動物は殺していいとされている、物でしかないのが理解できなかった。人間が人間のために作った社会だし、自由に搾取する相手がいないと困るのもわかるけれど、子供のころは、動物映画で泣いてる近所のおばちゃんにとって野良猫は殺していい物だったり、人権について語る人が動物に無関心なことに不満をもっていました。 それで、動物と人間をもっと平らに見て欲しいという思いがあって、人間や動物の絵、あるいは人間と動物が合わさったような絵を描いているのですが、それらを全部水平に並べたりしていました。 でも絵は、直接的な活動や批判と違って、表現になってくれます。私の怒りやネガティブなものだけでなく、そこに付随する人間同士の不和や調和、愛の構造、自分の意識に上っていない所まで表現として、立場を超えて伝えられる可能性を持っています。絵を通して、知らない人と対話できるのなら、見る人に何かしらを感じてもらえるのなら、絵を描く価値ってあるなと思います。 ー先ほど、何年か千葉の実家に戻っていたとおっしゃっていましたよね。そしてそれが辛かったと。動物が雑に扱われている場面を見るのが嫌だったなら、何故そんなに何年もいたんですか?私だったら、見たくないものからは一刻も早く逃げ出したいと思うのですが。 衣川:いや、辛かったですよ。でもどこにいても動物は似たような状態だし、見るか見ないかの話でしかないので、どうせなら関わろうと。でも絵を描くメンタルとのバランスは難しかったです。ずっといた子たちが病気でパタパタと亡くなり、一段落ついたから東京に来たということです。 ー(話しながら机の上を物色していると、遠藤周作の本がある。)あ、私、遠藤周作好きです。学生の頃、国語の時間に「沈黙」を読んで、それから何回か読みなおしました。 衣川:私も、小学校の教科書で踏み絵を知ってから、ずっと気になっていたのですが、遠藤周作を読んで、理由が分かったような気がしました。踏み絵を強制された当時のクリスチャンは神を愛しているのに、自分のために踏んだ。踏んでいるのに、自分を責めることなく愛してくる。その姿が、私の中では、人間である私と動物の姿に重ったんだと思います。 動物を愛したくても、人間社会で生きる以上システム上動物を殺してその恩恵を受けて生きている自分を、人間に虐待されてもそれでも愛してくる動物への感情をもって踏み絵を描いたりしていました。実際の動物と人間の関係はそんな単純でセンチメンタルな話でもないですが。 ーなるほど。踏んでいるのに、愛してる。話していると、少しずつ衣川さんという輪郭が見えてきて、絵の見え方が変わります。 絵はストーリーに左右されやすいですからね。そういうのが邪魔だっていう人もいますし。 ー先ほど、絵の役割という話がありましたが、絵の限界というか、絵が担えない部分については違う手段を使って表現したいと考えていらっしゃいますか? んーこれは、木をハンダゴテで焼いたものだったり、 一番外側のは、石膏に水彩絵の具で着彩したものだったり、自分で実験的なことはしますが、絵の準備運動みたいなところがあります。 同じ構図で描いていると、どうしても、工程として絵具をこのように塗り重ねるとこのような画面ができる、という風にやり方が分かってきてしまうので、素材を変えて刺激を与えた方が楽しいです。 ー今日はありがとうございました。こんなに深く作品を前に作者とお話しできたのは初めてです。自分なりに、作品に近づけたかなという感覚があります。また展示される際には、見に行きます。 はじめてのアトリエを訪問してのインタビューはとても濃厚で、作品が生まれる場所で作者から直接言葉を聞くことは、異次元の世界に入り込んだような感覚がありました。まだまだ未熟なインタビュアーに言葉を丁寧に選びながら、こちらの質問に真剣に答えてくださった衣川さんに感謝します。ありがとうございました! 聞き手/書き手:河口

小久江峻 個展『絵画の種子』 ー絵に空を飛んでほしいー   4月21日、この春に東京芸大油画専攻を卒業したばかりの小久江峻さんの個展『絵画の種子』の初日に訪問してきました。 在学中に清水と同期だった小久江さんは予備校時代からの同級生でもあります。   昨年末よりこちらのライズギャラリーさんで連続展示の企画があり、小久江さんは他の方とのグループ展と個展を含めて4回の展示を行ってきました。 http://www.rise-gallery.com/top/top.html   場所は東急東横線の学芸大学駅から徒歩13分と少し離れた住宅街の中。ここへ来るのは2度目ですが、駅の周りといいギャラリーまでの道のりといい、生活感があるけれど穏やかで雰囲気がとても良い。 駅からしばし住宅街をまっすぐ南下すると、道路沿いのイオンスタイルの建物の裏にライズギャラリーはあります。 建物入り口左側にはデザインストアが併設されています。   展示初日のこの日はギャラリー奥のメインエリアでレセプションパーティが行われていました。小久江さんとギャラリーオーナーとその関係者の方が数名いらっしゃいます。 作品を見つつ、作家本人からお話を聞くことができました。   こちらのギャラリーは入り口近くに写真のような特徴的な曲面壁のスペースがあるのですが、まずそちらに大きめの作品が1つ。 今回の小久江さんの展示では、キャンバス木枠にそれよりも一回りサイズの小さな木枠を重ね、その上から布を張って凸型にしたキャンバスを使った作品が何点かありました。このスタイルについて詳しくは後述しますが、これがとても面白い。 特にこちらの壁では、壁が凹んでいるのに対して作品が手前に膨らんだ形になっていて、見ているとなんだか錯覚を起こすよう。壁に落ちる影の形も、平面壁に展示した状態とは大きく異なっているはずです。   曲面壁エリアの向かいにはこちらの作品。 以前に制作されていた作品に似たスタイルで、周囲に「逃がし」があります。私の言葉になってしまいますが、作品と周囲の空間との繋がりを柔らかくするための工夫、だと言えます。 気になるのは、作品の台座にしていると思われるレンガ上に左右非対称に綿が敷いてあるところ。良く見ると作品画面上にも絵具に混じって綿がくっついていたりする。 綿の白い色がアクセントにもなっているし、理屈では言えない何かへの配慮やら優しさの表現のような。 隣には変形していない通常のキャンバスの作品たち。他の作品たちのような「逃がし」を行わずにやってみる、というテーマがあって無変形のキャンバスをここでは使っているそうです。 この中ではこちらの作品が一番深みが感じられていいなと思いました。奥行きがある…ような。この絵は一度描いた作品を潰すようにもう一層絵具を乗せているそうです。なるほど、だからか。 レセプションパーティの会場にもなっている奥の広い空間に移ると、まず気になったのは一番奥の壁にぽつんとある白く小さな作品。 綺麗でちょっと寂しくて切なくて、よい…。この小さな1枚でこの壁は完成している感じがあります。少し壁から飛び出す形で展示されていたのでよくよく見てみると、ここにも壁面との間になんだかよくわからない綿があしらわれています。しかしこの、なんだかよくわからないってことがとても大切で面白い。 理屈でなんだかよくわからない。面白いなと思う作品制作をする油画学生のほとんどが、私の理屈っぽい頭からは到底捻りだせない感覚的なものづくりをしているように感じています。 書き手の私は生活の基本がいわゆる左脳的な感じ。過去と未来を考えて計算的にスケジュールを考えて今やるべきことをする、社会人の方は大抵がそうなのではないかな?と思う考え方が基盤にあります。作品制作なら、最終形のクオリティをどのようにしたいから下地をこう扱おう、それを何日間でやろう、みたいな。 一方で、油画科の同級生と話していてよく感じたのが、彼らは「今現在の目の前の素材と身体感覚的に向き合っている」という印象です。なんとなく触った絵具が、作品の中で感覚的に心地よければ、それでよい、というように偶然を肯定していくようなスタンス。何のモチーフを表現しているのかわからないような、いわゆる抽象表現には大切な感覚なのではないかと思います。   それを確認したくて、小久江さんに絵を描きだす時の最初の1色目では何か計画を立てるのか?と尋ねてみたのですが、「例えばその時偶然足元に落ちていた絵具のチューブの色から」だとか、何も縛りを設けずに絵を始めるのだそうです。そこから絵の中でやり取りをしていく。 うまい写実描写以外に絵の価値というものが全く分からなかった私が、抽象表現って面白いな…と感じられるようになったのは小久江さんとの出会いが大きかったと思っています。 私の視点ですが、彼は徹底的に右脳的感覚が日常を主導しているのだと感じています。彼が制作について感覚から話す言葉を私が私の分かりやすい言葉で要約して置き換えて確認してみても、それはちょっと違ってしまっていたりする。小久江さんが言っている感覚的なものごとに対してなるべくズレた誤解をしないように汲み取りたいと思ってきましたが、同じ日本語を話しているのに言語を扱う感覚がこんなにも違うということが興味深くて面白くて、私は在学中そうしたコミュニケーションをとても楽しんでいた気がします。   展示の話に戻りますが、メインの空間には小久江さんが一番気に入っているという3点セットの作品がありました。 私の色感は間違いなく真ん中の白が入ってる作品が一番綺麗でよいと訴えてきていて、でももし本人が左右の方が好きだったら申し訳ないなと思って左右の作品には言及できずにいたのですが、本人も真ん中の作品が一番気に入っているとのことで安心しました。 今回の展示で新たに取り入れられている木枠を重ねた凸型キャンバスについて、詳細なお話を伺いました。 以前から小久江さんはキャンバスの張り方を工夫されていました。市販の張りキャンバスのようにきちんと四角く硬く布を張るのではなく、あえて柔らかく、木枠を見せたり布の耳をはみ出して残したり。このレポートの2番目の作品紹介でも触れた「逃がし」の要素のためだと思います。 しかし、本人は絵の中の絵具のやり取りに没入したいのに、絵の外縁と展示の壁との繋がりだとか絵の外側を考えなければならない瞬間が途中途中でどうしても生まれてしまい、それがストレスになっていた様子です。 そこで今回は絵の外縁に段差をつけることで、張り出した中心エリアの外周を「逃がす」形にしてみたそう。その甲斐あって、今回は制作中絵の中に没頭しやすかったそうです。物質的には飛び出しているのですが、本人の感覚では「へこんでいる」のだそう。キャンバス自体が額縁の効果を果たしているのかもしれない、と個人的には解釈できました。   小久江さんの制作のスタイルはシンプルに、「絵具をやり取りしていて自分が心地よいこと」を大切にされているそう。 「自分が絵に求める感覚は、風を受けて張った凧の感覚に近い気がする。」 それを発見した小久江さんは、自分の絵に一度空を飛んでほしい、と考えているそうです。めっちゃ面白い。 実験的に作られた凧がちゃんと展示されていました。 空飛ぶ絵が実現された際には絶対に見てみたいです。   作品の視覚的美しさ、身体感覚的な柔らかさ、発想の面白さもあるとても充実した展示だと思いました。 小久江さんの個展『絵画の種子』は5月11日まで。 この機会に是非ご覧になってみてくださいね。   (清水悠子)

清水が書かせていただくMeltingPotの展示レポート、今回は紙と鉛筆による作品を発表されている橋本晶子さんの個展の様子をお届けします。橋本さんは、美大予備校である御茶の水美術学院に清水が在籍していた頃の1つ上の先輩であり、武蔵野美術大学の修士課程を修了されています。   会場は大森駅から徒歩数分の場所にあるマンション、山王アーバンライフの10階にあるLittle Barrel Project Room。展覧会の企画・運営やアーティストのマネジメントなどを行う会社Little Barrelが、事務所の一角をアーティスト紹介のためのプロジェクトルームとして2017年11月にオープンしたスペースだそうです。 ”作品展示を行いながらも、既存のスタイルにとらわれない実験的な試みを行っていきたい。そうした理由から、Little Barrelは「ギャラリー」ではなく、「プロジェクトルーム」と銘打っている。”(引用元 https://bijutsutecho.com/interview/11162/ 美術手帖 INTERVIEW-2018.1.28 【ギャラリストの新世代】Little Barrel Project Room 水田紗弥子)   訪れてみて分かりますが、いわゆる「ギャラリー」とは趣向を異にした空間となっていました。   展示スペースを含むような建物…ということでなんとなく新しくクールな建物を想像して行ったのですが、外観は白く巨大な住宅用マンションで、年季が入った団地のような佇まいが意外でした。入り口は道路に面さず建物の脇にあり、入ったところがホテルのフロントのようになっていて趣があります。築年数が1974年ということもあり全体的にレトロな雰囲気。   エレベーターで10階に上がると、窓のない廊下に各部屋の扉だけが面しているシンプルなつくりの空間に出ます。一昔前の集合住宅らしい感じ。 部屋の番号と部屋名だけが金属質の重そうな扉に書かれていて、となりにはインターホン。展示会場らしき案内もなければ窓もなく中の様子を垣間見ることもできないので、無断で勝手に入ってよいものか??と扉を開けるまでにちょっとドキドキ。軽くノックだけして扉を開けてみました。 中は本当にいたって普通の一般住宅用マンションの一室、という感じ。奥の部屋のスタッフの方が顔を出して「どうぞ」と声をかけてくださいました。靴を脱ぐ玄関スペース周りは人一人が通れる程度の幅で、入って左脇にある小さな低いテーブルに展示の案内などが置いてあります。振り返ると、玄関の扉の裏にまず作品が一つ展示されていました。   玄関と直結している1つ目の部屋は電球が吊るされた薄暗めの照明になっていて、人が4人もいればいっぱいになってしまうかも?と感じるこじんまりとしたスペースです。 正直、アートの展示というと広く明るく真っ白いホワイトキューブで派手に行うものばかりに触れてきたため、こうした場所ならではのやり方がとても新鮮で驚きました。狭いといえば狭いのですが、静かでしっとりとしていて心地よい空間でした。 水彩紙に鉛筆のみで描かれた、モノトーンの作品たち。絵画の手法としてよくあるように木製パネルに紙を水張りしたり額装したりといった手法を用いず、とてもシンプルな素材をそのまま展示に使用されています。どれだけ丁寧に素材を扱ったらこんな風に紙の美しさを生かしたまま作品にできるのだろうか。 書き手目線のお話を少し。 私と橋本さんは昔、美術予備校の日本画科に所属していました。私はその後油画科に移ったのですが、日本画科では基本的には紙の白地を生かして鉛筆や水彩絵具でモチーフを描画することを学びます。それらの素材の繊細な表現を生かすため、ベースの紙を汚さないように作業前に手は洗い、紙は折ったり傷つけたりしないように細心の注意を払ったものでした。 それと対照的に、油画科で使うキャンバスや木炭や油絵具は素材としての力がとても強く、また作業場を汚しやすい素材でもありました。少しの汚れは仕方がないもの、多少の汚れは絵具で潰せばいいか、と、私自身は油画科に移ってから段々と素材の汚れへの感覚が麻痺してきていたように思います。 今回の橋本さんの作品展示を拝見して、紙自身の色や傷つかない目地の美しさ、それらを大切に残して作品を仕上げることも作品のクオリティに大きく寄与しているのだ…と改めて学ばせていただきました。   ガラス器、食器、植物など、日常風景で目にするモチーフたち。それらを描画した紙が、展示する壁や空間とどのように関係するかを考え抜かれて展示されていることを感じられます。絵が写真データとして空間から四角く切り取られインターネット上を飛び回るようになった昨今ですが、橋本さんの作品は絶対的に空間と共にあるための絵であり、作品の魅力のためにも展示空間が必要なスタイルなのだと思えました。   少し薄暗い照明に慣れてくると、紙の白と鉛筆のトーンが空間の色から主張せずに馴染むように照明が柔らかく設定されているのかも…と感じられてきます。 透けるカーテン越しに、奥の部屋の温かい照明の光が漏れてくる様子が美しいです。 奥の部屋は事務所となっていて、そちらにも2点作品がありました。本棚の前に座れる場所があり、ポートフォリオと共に、橋本さんのインタビュー記事が掲載されている美術手帖が置いてありました。 窓辺の作品が印象的です。 1つ目の部屋もそうですが、ここを訪れる時間帯の外光の加減によって部屋の雰囲気も作品の見え方も全く違ってくるのでしょう。   橋本さんの作品は、モチーフを描画することで紙の向こう側にできあがる空間世界がはっきりと見えてきて、たとえ私たちの世界から見えるこちら側の表層が分断されていても向こうの世界は繋がりが広がっているのだ…ということが感じられました。 ボードにアクリル板?をクリップで留めるシンプルな作品保護がされています。飾らなくても、丁寧さは美しい…。   ポートフォリオには大判の作品の展示写真もあり、そちらは白い壁の中に作品部分にだけぽっかりと別の空間への入り口が開くように錯覚して見えるのが印象的でした。実際に見てみたい。 モチーフとその影と、空間を見つめる丁寧な目。橋本さんの作品は、素材がシンプルだからこそ、研ぎ澄まされた視点が伝わってくるように思います。   今回は夕刻に訪れましたが、こちらのプロジェクトルームは日中の明るい時間帯にもまた訪れてみたい場所だと感じました。空間としては小さかったので滞在したのは短い時間ではあったと思いますが、とても静かで穏やかな時間を過ごさせてもらえました。 是非またお伺いしたいと思います。 (清水悠子)

さて、作家(リレー)インタビュー第二弾、特別版です! 括弧つき特別版!!というのは・・・リレーではないからです。といっても紹介が早々に途絶えたわけではありませんよ笑。前回のインタビューで松尾さんに紹介いただいた作家さん、私はまだ作品を見たことのない方なので、インタビューをするからには生で作品を見てからにしたい!ということで4月に展示に行ってからインタビューさせていただくことになりました。 どうしても紹介は調整に時間がかかってしまうので、毎月の連載のためにも、単発インタビューも挟んでいきます! --- 今回インタビューに応じていただいた愛甲次郎さんは、2016年に東京芸術大学日本画専攻を卒業し、現在はフリーで作家活動を続けられています。ミュージシャンのジャケットにアートワークを提供したり、インスタグラム経由で外国の方からの作品購入が多いそうです。長い付き合いの友人ということもありますが、今はそれを超えて、河口が個人的に非常に応援している作家です。 愛甲次郎instagram それではいってみましょう!   河口:愛甲さんは、高校卒業後、一旦就職してから芸大を受験されていますよね。 愛甲:はい、そもそも大学に行くっていう考えがなくて、ほんとに1ミリも考えてなかったんです。高校が自由の森学園っていうところだったんですけど、名前のごとく本当に自由で。何も考えずに自由に生きていたら、気づいたら自動的に高校を卒業していました。 河口:工場の自動ラインみたいですね笑。でも、そこからの芸大受験、そして今もフリーで独自の画風を模索しながら描いているところを見ると、相当考えがあるようにも見受けられるのですが。 愛甲:もともとモノづくりはしたいという強い思いはあったんです。ファッションにはとても興味があって、服も作ってみたかったですし。今はまだ絵を描いていますけど、将来的には絵画に限らず、あらゆるメディアを使って自分の世界を表現していきたいと考えています。美大に行こうと思ったのは、2年間働いてみて、自分が普通に一生会社員として働いていくイメージが持てなくて。若いからなにかやらなきゃ、という焦りの気持ちもありました。服を作ろうと思っても服飾の専門学校に行ったら、服だけになってしまうなぁ、と思ったというのが美大進学を考えた大きな理由です。芸大に行ったのは、美大と言えばそれしか知らなかったから。日本画を専攻したのは、わびさびの世界感や日本文化に粋なものを感じていたからです。 河口:そうすると、大学ではやりたいことは実現できたのでしょうか。 愛甲:半々といったところです。正直、大学はきつかったです。学費のために働くことをやめられなくて、その中で毎月1枚のペースで作品を完成させていくのは、受験絵画から離れて自分の画風を模索していく中ではとても難しかったです。絵について考える時間は十分にはとれませんでした。 一方で、美術に関する知識を得られたことは良かったです。大学にいる間は、授業がたくさん用意されていて、もちろん学費は払っているわけですが、自分が選択すれば時間も手間もかけずに、新しい知識を吸収することができる。2年間社会人をやっただけに、それは本当に貴重なことだと思ったので、授業はかなりとっていました。 河口:なるほど。大学で満足のいく制作活動ができたわけではなかったのですね。先日インタビューさせていただいた松尾さんとはまた違う形で大学を活用されています。現在は、画風を確立しつつあるように思いますが、卒業後の制作活動についてはどうですか? 愛甲:卒業して1年目はほとんどが大学院に進学している同級生と、まだ関係が近かったので、苦しかったです。また、フルタイムで働きだしたので、絵を描く時間がなかなか確保できず、同級生に対して嫉妬するということもありました。でもそれ以上に、大学の先生に好かれる絵を描かなければいけない、という思いを勝手にもってしまって、自分で自分の作品を批判ばかりしていました。2年目に入ってからは物理的に大学から距離が離れて、絵に専念するために仕事も変えて、いい環境で制作できていると思います。 これは自分の作品が好きになってきた頃の大学時代の作品で、 現在はこのような作品を描いています。(作品を何枚も持参して、見せてくれる愛甲さん) 昨年、初めて公募展に応募して、小山登美夫が審査員をしているもので入選できたことは、とても励みになりました。あまり作家友達もいなく、いつも家で一人で描いているので、自分の方向性が間違っていないんだな、と背中を押されたような気持ちです。 河口:それは嬉しいですね。これまで悩みつつもいい方向に向かってきている感じがあります。これからはどのように発展していこうと考えていますか? 愛甲:自分には、表現したい世界感は漠然と昔からあるんです。「こういう世界に住みたい、自分のまわりをこういう世界で埋めたい」というような。それは心理描写ではなくて、あくまでもグラフィカルなものです。内面を表現することには興味がありません。表面的なもの以外への愛情がないんです。見る人の感情や思考の操作をしたいとは思いません。内面描写ではないといっても、もちろんその世界感はぶれます。ぶれるというか、自分が新しい世界を知っていく度に、外部の要素を受けて大きく育っていく、という感覚です。以前より、その世界感と自分の描いているものは近くなってきている感覚はありますが、まだまだ追いついていないです。絵以外の表現方法もできていないですし。アーティストとして成功したいという気持ちはもちろんありますが、今はまだ、とにかく自分の思い描いている世界感に少しでも追いつくことに必死です。 河口:なるほど。同じ日本画専攻出身者としてこれは気になる質問なのですが、日本で活動することの意味について考えることはありますか? 愛甲:ないです。(即答) 河口:すごいきっぱりしてますね笑。私は、日本でアートをやることの意味とか考える達なので、ここまできっぱり言われると爽快です。 愛甲:モチーフとして日本のものは良く使いますし、海外の方からの受けがいいのもその影響があるのだとは思いますが、自覚的なことではないです。画材も和紙と墨を使っていますが、今は単にそれが扱いやすく自分の作品に向いていると思うから使っているのであって、日本人だから、日本画出身だから、という理由ではないです。身近にあってそれらを使うことが自然だから、ということでしょうか。海外に行ったら、モチーフも画材も変化するのかもしれません。 河口:ありがとうございます。最後になりますが、こだわりの道具を教えてください。 愛甲:道具ではないですが、、こだわりといったら、制作環境でしょうか。住居と分離したアトリエを持っているわけではないので、部屋には常に余分なものは置かないようにしています。制作するときには部屋を一回きれいにします。あとは、作業中つなぎを着たりエプロンをする作家の方は多いと思うんですが、作業着は絶対に着ません。画材、例えばマスキングテープとかも、手でちぎることはなく、絶対に鋏できります。ティッシュも折って使います。儀式、とまではいかないけれど、絵を作る空間なので、ひとつひとつの動作すべてに気を配ります。自分が絵を描く工程は、茶道の世界に近いかもしれません。 これから良いものを作るのに、視界に入るものが美しくないのはだめです。部屋で使用するものについては気を使っているので、寝間着もかなりこだわりのものをきています。今着ている私服のほうが断然安いくらいです。笑 河口:こだわりが強いことは知っていましたが、制作環境はすごいこだわり用ですね。他の作家はどんなアトリエを使用しているのか、結構みなさん気になるみたいなので、見られて良かったです。都心から少し離れていることもあって、窓から緑が見えるのも素敵ですね。今日はありがとうございました!今後の作品展開、楽しみにしています。

こんにちは。河口です。 いよいよ新年度ですね。働き始めは、明日の方が多いでしょうか。 新年度一発目の展示レポは、3月末に行ったFACE展2018です。 FACE展2018損保ジャパン日本興亜美術賞展とは、「損保ジャパン日本興亜美術財団の公益財団法人への移行を機に創設され…今回で6回目を迎え」る公募コンクール。平面作品であれば年齢・所属問わず誰でも出品することができます。損保ジャパンといえば、ゴッホの『ひまわり』を所有していることでも有名ですね。そんなこともあって、オランダのアムステルダムにあるゴッホ美術館とは関係が深いそうですよ。 さて、入選作品71点(内受賞作品9点)が並ぶのは、損保ジャパン日本興亜美術館。なんと地上42階にあります。 どんっ! あいにくの曇り空でしたが、東京を一望できて、なかなかに気持ちよかったです。   大学学部(東京芸大日本画専攻)の同期の水谷栄希さんからチケットを頂いていたので、行ってきました。水谷君の作品はこちらから。少しスクロールしていったところにある、『lovers』というのが今回出品されていた作品ですね。とっても色合いが綺麗で、学部の頃から絵柄はかなり変わっているものの色感の良さは変わらず、です。今後どう絵が進化していくのか、とっても楽しみに見ています。   展示会場は写真撮影可だったのですが、会場のライトの関係もあって撮影すると色味が微妙だったので、他に気になった作品はご本人のウェブサイトを探してみることに。 ◎井上ゆかりさん 今回優秀賞を受賞されていた井上ゆかりさんのHP,SNSは見つけられませんでした。久しぶりに公募展を見に行った感想は、「たった1枚で審査するのって難しそ~」ということ。相対評価なので、もしかしたら順位付けをすることはそこまで困難ではないのかもしれませんが、絶対評価としてその作家が「いい」かどうか、どんな作家なのかは、他の作品も見てみたい気がします。そういうこともあって、ちょっといいなと思った作家さんはなるべくチェックして、毎回は難しくてもなるべく展示に足を運ぶようにしています。写真の引用元はFace2018展の受賞・入賞者紹介ページ。   ◎安藤充さん 引用元は、ご本人のウェブサイト。うん、かなり面白い!作風も安定している感じがします。今度展示される時は是非見に行きたい。そして直接お話ししてみたいです。メモメモ。大学/専門学校などは特に書かれていませんが、独学なのでしょうか。   ◎藤田遼子さん こちらの方もHP,SNSみつからず。ただ、90年生まれの多摩美の方のようですね。またどこかで作品にお目にかかれることを楽しみにしています。   ◎三毛あんりさん 引用元はご本人のウェブサイト。会場で見た作品は、もっと爽やかな印象だったので、ウェブで作品一覧を見て、少し意外。もしかしたら、写真の写りが少しくらいということもあるのかもしれません。三毛さんも、だいぶ作風が安定されているようですね。   公募展は、一同に作品が見られるので、気になる作家がチェックできていいですね。今年度も新しくたくさんの作家さんと会えることを楽しみに、展示レポ、インタビュー、更新していきます!どうぞよろしくお願いいたします。 ----- (書き手:河口)

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